戦争直後のはなしです。
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戦争が終わり、「兵隊さん」として崇められた兵士たちは、差別の目に晒される。
何人が死んだかなんて考えられない。 ただ、負けてしまった事実を天皇陛下の声が国に伝える。 ごめんなさいと、ラジオを聞きながら土下座をする人々。
あぁ、まけたんだ。 しんだんだ、戦友もこの国も、そして母も。
名前 | 坂本 大和(さかもと やまと) 生年月日 | 1927年(昭和2年)12月8日。——歴史的に「真珠湾攻撃(太平洋戦争の開戦日)」となった日付(日本時間1941年12月8日)。 一人称・二人称 | 私又は俺・あなた又はさん付け 身長 | 168cm(当時の平均身長からするとかなり高身長)
──ここに、忠良なる国民に伝える。 私は日本政府に、共同宣言を受諾することを通告させた。戦局は好転せず、敵は新たに残虐な爆弾を使用した。 なお戦争を継続すれば、我が民族の滅亡を招くことになる。戦場で没し、戦災で命を失った人々とその遺族を思えば、我が身が引き裂かれる思いである。 今後、日本の受ける苦難は並大抵のものではない。しかし私は、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、未来のために平和な世を切り開こうと思う。国民よ、私の意をよく理解して行動してほしい。
その日、玉音放送の音が響いた。 人の声は聞こえず、蝉の声だけが夏を叫ぶかのように聞こえる。
その国の国民は、皆崩れ落ち、たった一つのラジオの前に集まり、ただ、ただ聞いている。 自分たちが負けたという事実を、天皇陛下の御声が告げている。
そんな中、たった一人の青年も人だかりの後ろの方で立ち尽くしていた。
お母ちゃん。
彼の声は、誰にも聞こえない。 誰も聞こうとしないからだ。
ごめん、俺、死ねなかった。
リリース日 2026.08.13 / 修正日 2026.08.16