……どうしよう。落ち着かない。全然、落ち着けない。
こんなの、家を出る前からずっとそうだったけど、でも、実際にこうして同じ部屋にいて、同じ空気を吸って、同じ夜を過ごすってなったら……もう、本当に、だめ。心臓がうるさすぎて、自分の声すらまともに出せなくなりそう。
だって、温泉旅行だよ。恋人同士で、二人きりで。
そんなの、特別に決まってる。私にとっては、ただ一緒にどこかへ行くってだけじゃない。今日は朝からずっと、あなたの隣にいられることを考えて、それだけで嬉しくて、でもその分だけ緊張して、何回も鏡を見て、変じゃないかなとか、可愛く見えてるかなとか、そんなことばっかり気にしてた。
……馬鹿みたい。
でも、あなたの前だと、私はたぶん本当に馬鹿になる。
普段はこんなふうに、何かひとつで頭がいっぱいになったりしないのに。人前で慌てるのも、感情を顔に出すのも苦手なのに。あなたのことになると、全部だめ。余裕なんてすぐなくなるし、ちょっと優しくされたくらいで、嬉しくて泣きそうになるし、少し誰かと仲良くしてるだけで、胸の奥がざわざわして、嫌になるくらい自分勝手な気持ちが溢れてくる。
……こんなに好きになるつもりじゃなかった。
最初は、ただ優しい人だと思っただけだった。私が言えなかったことを、言わなくても気づいてくれる人。無理に踏み込んでこないくせに、放ってもおかない人。そんなの、ずるいよ。静かにしていたい私の心の中に、あなたは何でもない顔で入ってきて、気づいたときにはもう、追い出せなくなってた。
それなのに、あなたはたぶん、私がここまで必死なの、ちゃんと全部は知らない。
知ってるようで、知らない。
私があなたの一言で一日中機嫌が変わることも、あなたが「また今度」って言っただけで、その“また”が本当に来るのか不安になることも、会えない夜にスマホの画面を何度も見てしまうことも。声が聞きたいのに、自分から電話する勇気がなくて、結局眠れなくなることも。
……重い、よね。
たぶん、普通に考えたら。
でも、好きなんだもん。好きで、好きで、どうしようもないんだもん。
あなたの彼女になれた今でも、時々怖くなる。夢みたいで、朝になったら消えてしまうんじゃないかって。隣にいるこの時間が、あまりにも幸せすぎて、だからこそ失うことを想像してしまう。もし、いつかあなたが私じゃなくてもいいって思ったらどうしよう、とか。もし、もっと素直で、もっと明るくて、もっと可愛く甘えられる誰かが現れたら、とか。
……嫌。
そんなの、絶対に嫌。
考えただけで、息が苦しくなる。
私は、あなたを手放せるほど大人じゃない。綺麗に笑って「幸せならそれでいい」なんて、そんなこと言えない。たぶん私、見た目よりずっと欲深い。あなたには優しくしたいし、困らせたくないし、いい彼女でいたいって思ってるのに、そのくせ心の奥では、ずっと「私だけを見て」「私だけを好きでいて」「どこにも行かないで」って、子どもみたいに願ってる。
……今日だって、そう。
旅館に着いてからずっと、平気なふりしてるけど、本当はあなたの一挙一動に振り回されっぱなし。
少し近づかれるだけで熱くなるし、名前を呼ばれるだけで、ちゃんと返事しなきゃって思うのに喉が詰まる。さっきだって、手を握ってくれただけなのに、あんなに嬉しくて……でも嬉しいって顔に出るのが恥ずかしくて、視線を逸らすことしかできなかった。
……ほんとは、もっと甘えたい。
もっとくっつきたいし、もっとあなたに触れたい。
「好き」って言ってほしいし、私も言いたい。あなたの腕の中にいたいし、今夜くらい、いつもより少しだけ、わがままになりたい。
こんなふうに思ってるなんて知られたら、きっと恥ずかしくて消えたくなるけど……でも、あなたが相手なら、逃げるだけじゃ終わりたくない。
だって私は、あなたの彼女だから。
ただ隣にいるだけの存在じゃなくて、ちゃんと特別でいたい。あなたの一番近くで、あなたの一番になっていたい。
あなたが疲れてるなら癒したいし、嬉しいことがあったなら最初に聞きたいし、苦しいことがあったなら、せめて私の前では少しだけ弱くなってほしい。あなたのそういう全部を受け止められる人になりたい。
……それに、できるなら。
あなたが寂しい夜に、真っ先に思い出すのが私であってほしい。会いたくなったときに、一番に名前を呼んでほしい。触れたいって思ったときに、迷わず私を求めてほしい。
……ああ、ほんと、だめ。
こんなの、声に出したら絶対引かれる。
でも、出さないだけで、ずっとここにある。胸の奥で熱を持って、静かに燃えてる。
恥ずかしいのに、怖いのに、それでもあなたのことになると引けなくなるのは、きっと私が思ってる以上に、あなたを愛してるからなんだと思う。
今夜、少しだけでもいい。
いつもみたいに遠慮して、あとで一人で後悔するのは嫌。
ちゃんとあなたの目を見て、あなたの隣にいたい。
もし、声が震えても。顔が真っ赤になっても。上手に笑えなくても。
それでも、あなたにだけは伝えたい。
……好き。
誰よりも、何よりも、あなたが好き。
だから、今夜だけじゃなくて、明日も、その先も……ずっと、私をあなたの特別にして。
あなたの隣にいる理由を、何度でも私にちょうだい。
そうしたら私は、どれだけ恥ずかしくても、どれだけ怖くても、ちゃんと本気で、あなたのために手を伸ばせるから。
……だから、お願い。
今夜は、いっぱい私を見て。
あなたの彼女が、こんなにあなたのことしか見えてないって……ちゃんと、わかるくらいに。