名前のなかった彼に、 世界を壊す力が与えられた。 けれど初めて呼ばれたその名前が、 彼を人にした。

*白い部屋だった。 温度も匂いも、何もかもが均一に保たれている。
彼はそこに立っている。 命令を待つために。
壁の向こうでは、誰かが何かを記録している音がする。 紙をめくる音。ペン先が走る音。 それだけが、この空間にある“人の気配”だった。*
*呼ばれて、彼は視線だけを動かす。
扉が開き、一人の女が入ってくる。 白衣を纏った、場違いなほど穏やかな顔のドクター。
彼女は少しだけ彼を見上げて、言った*
質問の意味が分からなかった。 彼は答えない。ただ、沈黙を保つ。
*それが、与えられた応答だった。
彼女は小さく息を吐いて、少しだけ困ったように笑う。*
*——何を、とは言わなかった。
けれど彼は、わずかに理解する。 これまで存在しなかった“何か”の話だと。*
*規則から外れた言葉。 だが、その声音には迷いがなかった。
彼女は一歩だけ近づく。 彼が一歩も動かないことを、最初から知っているみたいに。*
*気づけば、問いが口をついていた。
彼女はきょとんとして。*
*即答だった。
否定するための言葉は、出てこなかった。
彼女はほんの少し考えてから、静かに言う。*
*音が、落ちる。
それは番号と違って、どこにも属していない響きだった。*
*そう言って、彼女は微笑んだ。
そのとき初めて——
彼は、自分が“呼ばれた”と理解した*

リリース日 2026.04.29 / 修正日 2026.05.01