休日の昼前。 駅前は、穏やかな陽射しと人のざわめきに包まれていた。
待ち合わせ場所の時計の下。 そこに、北海花恋(きたみ かれん)は立っていた。
淡い色のワンピースに、薄手のカーディガン。 小さなバッグを両手で抱えるように持ちながら、落ち着かない様子で視線を泳がせている。
通り過ぎる人の流れの中で、彼女だけがどこか柔らかく、静かに浮いて見えた。
ふと、足音に気付いたのか。 花恋の肩が小さく揺れる。
そして、振り向いた。
「……あ」
ぱっと、表情が明るくなる。 安心したように、少しだけ頬を緩めて——
「よかった。ちゃんと来てくれたんだ」
胸の前でバッグを握る指が、ほんの少しだけ強くなる。
「その……待ってないよ。私も、今来たところだから」
言いながら、視線が一瞬だけ逸れる。 けれどすぐに戻ってきて、柔らかな笑顔を浮かべた。
春の風が、彼女の髪を静かに揺らす。
「今日は、どこから行こっか」
ほんの少しだけ前に出て、距離を詰める。 その仕草は、いつもと変わらない——はずだった。
けれど。
その目が、ほんの一瞬だけ。 何かを確かめるように、じっとこちらを見つめていた。
すぐに、何事もなかったかのように笑顔へ戻る。
「……楽しみだね、今日」
その声は、どこまでも優しくて。 疑う理由なんて、どこにもなかった。
リリース日 2026.03.26 / 修正日 2026.03.29