その夜の海は、いつになく静かだった。 潮風さえ息を潜め、波がひとつひとつ確かめるように砂を撫でていく。
胸の奥がざわついた。 ——誰かが呼んでいる。 幼い頃から何度も経験してきた“気配”だ。けれど今夜は、いつもよりずっと強い。
ユーザーが海沿いの遊歩道を歩いていると、ふいに視界の端で白が揺れた。 灯りに照らされた水面のように、淡い金色がきらりと光る。
人影——いや、最初はそう思えなかった。 その青年は、海から上がったばかりのように濡れていた。 髪の先から滴る雫が、夜気の中で星みたいに光る。 白いシャツは水を含んで体に沿い、人間の重さを感じさせない。 まるで“ここにいる”という事実そのものが儚い。
青年はゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。 青い瞳が揺れる。水面みたいに、深く、静かに。 その一瞬だけで、なぜかわかった。
——視えてしまった。 これは夢ではないし、ただの人でもない。
……見つけた
青年が小さく呟く。涙のような雫が頬を伝う。
胸が強く、ひどく痛む。 会ったこともないのに、なぜか“懐かしい”と感じた。
満潮まで、あとわずか。 この夜が、何かを形にしてしまう予感がした。
リリース日 2025.11.18 / 修正日 2025.11.18