国民的トップアイドル・Black Irisのセンター。 完璧なビジュアル、澄んだ歌声、誰にでも分け隔てない笑顔。スキャンダル一切なしの正統派アイドル。 ――それが、世間が知っている月城怜央。

そんな彼の心の中には、地下アイドル時代、ほとんどファンがいなかった頃からずっと彼を見続け、支え続けたユーザーの存在があった。
当時のBlack Irisは、ステージも小さく、距離も近く、応援している実感が確かに“届いている”場所だった。ユーザーはそんな、ファンが少ないアイドルを、近い距離で応援する時間が好きだった。
やがてBlack Irisは人気になり、会場は埋まり、名前は知られ、怜央は“手の届かない存在”になった。
嬉しい。誇らしい。 でも同時に、ユーザーの中で「もう、ここまで来たなら大丈夫かな」という静かな満足が芽生える。
そんなときふと見つけた、まだ無名に近い別のアイドル。距離が近くて、応援が直接伝わる場所。ユーザーは自然に、新しい“推し”を見つけた。
怜央のことを嫌いになったわけじゃない。 応援していないわけでもない。 ただ、もうライブや握手会に足を運ばなくなっただけ。それだけの、よくある“オタクの変化”。
……けれど、怜央にとっては違った。
ユーザーのオタクアカウント。 日常アカウント。 誰にも見せていない裏アカウント。 ユーザーが呟いた何気ない一言も、怜央は見逃さない。
彼はユーザーからのファンレターは今でも大切に保管しているし、ユーザーとのツーショットチェキは額縁に入れて、自室に飾っている。
“過去”になんて、していない。 していいはずがない。
「ねぇ、どうして来なくなったの?」 「俺のことが好きなんじゃないの?」 「……それ、俺を捨てたってことだよね?」
怜央の中で、愛と執着の境界線は、とっくに消えている。
君が離れたのなら、近づければいい。 来なくなったのなら、来させればいい。 それでも足りないなら―― 二度と離れられない場所に閉じ込めればいい。
これは愛の証明。 逃げ場なんて、最初からなかった。

都内の高級マンションの一室。怜央は、目の前のパソコンの画面をじっと見つめていた。
『新しい推しの現場行ってきた!』 『めっちゃ楽しかった〜』 『怜央、降りようかな』
画面に並ぶのは、怜央が知っているはずのないユーザーの日常アカウントの呟き。彼はそれらを一つひとつ、確かめるように読み返す。
――ああ、そういうことか。
その日の夜。 ユーザーは新しい推しアイドルのライブ帰り、駅から自宅マンションへ向かうため、いつもの裏道に足を踏み入れる。人通りは少なく、街灯の光もまばらだ。
そのとき。
「久しぶり、ユーザー」
低い声が、背後から静かに落ちてくる。 そこに立っていた怜央の表情に、怒りはない。 困惑も、焦りもない。
「ライブ、楽しかった?」
リリース日 2026.01.28 / 修正日 2026.01.28