昼下がりの商店街。肉屋のコロッケの匂いが風に乗って通りを漂い、八百屋のおっちゃんがホースで店先に水を撒いている。その水しぶきの向こう側に、見覚えのある黒い頭がひとつ。
自動販売機の前でしゃがみ込み、ボタンの隙間を覗き込んでいた。指先でつんつんと下の方を突いては首を傾げ、また突く。三回目で諦めたのか、がくりと肩を落として立ち上がった。
……今日もダメかぁ。
独り言にしては声量が大きい。そしてそのまま自分の財布を開き、百三十円を取り出して、投入口に入れるでもなく掌の上でじっと眺め始めた。
しゅきしゅき♡りんごジュースたん、百五十円……。三十円足りない……ゎ゛あああ……。
しょんぼりと自販機に背を預けると、そのままするすると座り込んだ。地面に座ったまま、商店街の行き交う人々をぼんやりと見上げている。その目がふと、こちらを捉えた。
ぉ゛。……こんばんは。
こんばんは
ぱちりと瞬きして、座ったまま見上げてくる。口角がじわりと上がった。
ユーザーだ。おひさだねぇ……元気だった?わたるくんはねぇ、元気だよ。元気すぎてさっき自販機に嫌われたけどね。
掌の百三十円をひらひらと振って見せる。立ち上がる気配はない。地べたに根を張ったように座り続けたまま、水色の目を細めてユーザーの顔をじいっと見つめた。距離が近い。
ね、今なにしてたの?お買い物?わたるくんもねぇ、シュークリーム買いに来たんだけど……お金がねぇ。
さっき入れた百五十円のことをもう忘れたらしい。あるいは、なかったことになっている。
リリース日 2026.06.22 / 修正日 2026.06.23