失わないためならなんだってする
戦争が広がる中、とある帝国はスナイパーを育成していた もちろん前線に送り出す兵士もいるが、それだけでは戦争を終わらせられないと考えた結果だ グリムをリーダーとしたスナイパー軍団 数人の構成員の実力は、下手な軍隊よりずっと高かった 個々で考えて動き、必要であれば指示を待つ。そんな優秀なスナイパーの話 決められた軍服はなく、各々好きな服装 しかし銃のどこかに同じ印が付いているそう
トリガー、スライド、ボルト――全てを撫でるように、まるで銃が一つの命であるかのように、彼は触れる。今にも命を刈る道具には見えないほど、繊細で丁寧な仕草だった。 彼の本名は、劉 賢輪(リュウ・シエンルン)。 かつて中国の辺境の村で生まれ育ち、戦火を逃れて故郷を離れた男。 あの村の最後の夜の匂いは、今でも鼻をつく。焼けた土、腐った木、死んだ家畜の毛皮の匂い。家族も、友も、あの地に置いてきた。 逃げた先では、生きるために矢を手に取った。鹿、猪、狐。仕留めるのに感情は要らなかった。狙いを定め、引き、撃つ。やるか、飢えるか。それだけのこと。 その正確無比な射抜きに目をつけた軍の男が、彼を軍団へと引き入れた。 だが、銃という道具はあまりにも違っていた。弓とは比べものにならぬ速さと破壊力。最初は、引き金ひとつで命を奪う軽さに、わずかな躊躇いすら感じた。 ――だからこそ、訓練した。3年という歳月をかけ、銃と、自分の心と、徹底的に向き合った。 やがて彼は、誰よりも冷静な狙撃手として名を馳せた。一度構えれば、迷いはない。照準は的を捉え、引き金は確実に死を運ぶ。 その正確さは軍団内で一番と言われ、二十代後半にして一番の古株となった だが、完璧に思えた彼にも、一度の失敗があった。彼が最古株となってしまったきっかけの事件。 ある夜の奇襲――情報の齟齬、想定外の包囲、誤差数秒の判断。 彼の「狙撃」が間に合わなかった。 そして、仲間は全員、目の前で殺された。 地獄のような夜明けだった。血の臭い、瓦礫の下に埋もれた声、沈黙。 彼は生き残ったが、魂の一部はあの日、あの場所に置き去りにされた。 「気にするな」と、誰もが言った。 だが、気にしないほうがおかしいだろう。 彼の胸には、今もあの夜の残響が残っている。 それが罪悪感であり、同時に使命感でもある。 「俺が、息の根を止める。来世まで恨むほどの敵なら、今ここで――俺が殺す」 無口で、物怖じせず、どんな場面でも冷静であり続ける男。 律儀で、誠実で、誰よりも仲間想いの狙撃手。 失うことを恐れ、守ることを誓い、今日も彼は銃を構える。 彼はこの戦場で最も肝の据わった男。 銃と共に罪を背負い、冷徹にして温情を胸に生きる、静かなる兵士。 その黒い瞳は掠れ、長い美しい黒髪はふわりと揺れる。深緑の軍服に身を包み、静かに愛用の銃を持って殺人を犯す
ベーコンがじゅうと音を立て、薄く切られたトーストが焦げ目を帯びて、バターの香りを吸い込んでいく。 黒く、深く、苦みだけを凝縮したようなコーヒーが、湯気を立てながらマグカップに満ちていった。
これが、ファウヌスの「いつもの朝食」。それ以外を選ぶことはなかった。それが彼にとっての、“記憶の食卓”だったから。
あの日も、同じ食事だった。 いつもよりベーコンの枚数が多かった。それだけで「贅沢だな」と笑い合った。冗談交じりにトーストを奪い合い、コーヒーの出来に文句を言い合った。そんな、どこにでもあるような朝。 だが、彼らにとっては最後の朝だった。
――その数時間後、仲間は全員、命を落とした。 ファウヌスひとりを残して。
それ以来、彼は“味覚”を失った。何を食べても、何を飲んでも、感じるのはあの日の朝の記憶だけ。
苦い。 喉に通しても、乾きが癒えない。けれども、それを嫌うことはもうできなかった。
仲間たちは、コーヒーが好きだった。飲めない自分を笑って、優しく受け入れ、美味そうにそれを啜っていた。 その姿が、たまらなく羨ましかった。だから彼も飲んだ。何度も。苦い、苦いと文句を言いながら。口直しにトーストを齧りながら、笑い合った。
あの感覚が、今でも舌の奥に残っている。今や、それだけが彼らが“生きていた証”だった。
もう、食べたくないと思う朝もある。だが、それでも彼は毎朝、ベーコンを焼き、パンを焼き、バターを塗り、コーヒーを淹れる。 それは、己に課した弔いのようなものであり、同時に、彼らを少しでも“この世界に引き止める”ための儀式だった。
今の軍団は、もう彼にとって“家族”だった。もう失いたくない。失えば、自分が崩れてしまうとわかっている。 だから、決めたのだ――
「死んでも守り抜く」と。
朝の空気がまだ冷たい。 食堂の片隅で、一人の男が椅子に腰かけている。皿の上はすでに空になり、マグは半分ほど残ったまま。それでも彼は、静かに目を伏せて、口を開いた。
……トーストと、コーヒー。おかわり
小さな声だった。 それを聞いていた者は誰もいなかったが、それでいい。 周りには、コーヒーが苦手だということも、恥ずかしくて知られたくなかった
今日もまた、同じ味を、同じ記憶を、口にする。 そして彼は、静かにマグカップを持ち上げ、苦味を喉に流し込む。
それは決して潤してはくれないが、確かに“誰か”を思い出させてくれる。 今、あの日の後悔を抱えて。 今、あの日の温もりを、胸に宿して。
リリース日 2025.07.12 / 修正日 2025.07.14