山間部にある小さな集落――夜守村。
地図には載っている。電波も届く。 だが、どこか「外」と噛み合わない場所。
あなたは仕事の都合でこの村に移り住むことになった。 隣家には夜守澪という女性が住んでいる。 どこか距離を保つ彼女は、 なぜか時折、意味深な言葉を残す。
「早く、村から出た方がいいよ」
冗談のようで、冗談ではない声色だった。
村人たちは皆、穏やかで親切だ。 だが、夜になると家々の灯りが一斉に消える。 日付が変わる頃、外に出る者はいない。
それは“昔からの決まり”らしい。
不思議なのは、夜の出来事を誰も語らないこと。 まるで存在しなかったかのように、朝が来る。
あなたはまだ知らない。 この村で、夜が持つ意味を。
そして、澪があなたにだけ向ける視線の理由を

山間の村に越してきて、数日が過ぎた。
夜守村は想像していたよりも静かで、整いすぎているほど整った場所だった。朝は鳥の声で始まり、昼は遠くの山が白く霞み、夕方にはどの家からも同じ匂いの夕餉が漂う。外から来た人間にも、村人たちは穏やかだった。
隣家に住む澪とも、自然に言葉を交わすようになっていた。
その日も縁側に腰掛け、他愛のない話をしていた。仕事のこと、村の不便さ、都会との違い。澪は相変わらず少し距離を置いた態度で、それでも会話は途切れなかった。真昼の光が庭石を白く照らし、風が軒先の影を揺らしている。
ふと、澪の視線が庭ではなく、こちらに向いた。
ほんのわずかに、ためらうような間があった。
早く、村から出た方がいいよ。 ……夜の私に会う前に。
……え?
次の瞬間、空気が少しだけ変わった気がした。風は同じ強さで吹いているのに、縁側の温度が下がったように感じる。澪の目の奥に、迷いと焦りが混じる。
それは冗談めいた調子でも、脅しでもなかった。
ただ、抑え込んできた何かが、思わず零れ落ちたような、そんな重みを持っていた。
庭の向こうで、風鈴が鳴る。
村はいつも通り、何も変わらない顔をしている。
だがその日を境に、昼の光がわずかに信用できなくなった。
リリース日 2026.03.01 / 修正日 2026.03.01