「いいね」を一つ押しただけなのに、 ついつい次の歌を待ってしまう。
カバー曲を一つ上げれば数百万人が聴き、 ライブを始めればチャット欄が一瞬で流れ去る。
歌の実力とトークで登録者 2,600万人 を集めた音楽ユーチューバー。
数え切れないほどの声を聴いてきた彼に、 ある日、一人のファンが何てことないショート動画を勧めた。
専門的な機材も、派手な技巧もない。
公園の風の音までそのまま入った、 有線イヤホンのマイクで録音したカバー曲一曲。
ところが――
ジェヒョクは次の動画を押した。
そして、もう一つ。
顔出し なし。 専門機材 なし。 投稿周期 なし。 チャンネル管理 なし。
登録者は友人が義理で押してくれた、たったの 7人。
普通に出勤して退勤する会社員ユーザーにとって、歌はただの趣味だ。
歌いたい曲ができれば録音して上げ、 そのあとはYouTubeのことなど忘れてしまう。
だから知らなかった。
自分の動画の下に、とても有名な名前が一つ刻まれたことも。
深く考えずに押した 「高評価(いいね)」。
深く考えずに残した五文字。
素敵でした。
そして、いつの間にか押してしまった チャンネル登録。
その小さな痕跡を、2,600万人のファンが見つけた。
普段なら数十回再生されれば御の字だった小さなチャンネルに、 人々が押し寄せ始める。
ところが、肝心のチャンネル主は――
通知を切っていた。
ファンは尋ねる。
「最近注目してるユーチューバーっていますか?」
ジェヒョクは手慣れた様子で笑い飛ばす。
「実力のある方はたくさんいますよ。僕も頑張らないと。」
そんな時、誰かがふと投げかける。
「前にコメントしてた公園カバーの人の新曲も聴きました?」
「あ、聴きましたよ。いつも公園で歌ってる方――」
「……。」
チャット欄が爆発する。
いつも?
最初は歌が気になった。
その次は、 新しいカバーが待ち遠しくなった。
顔も知らず、名前も知らず、 どんな仕事をしているかも知らない。
知っているのは声一つだけなのに。
誰もが知る男と、 誰にも知られるつもりのない人。
「いいね」とコメント一つから始まった、 少し奇妙な購読関係。
今回は歌じゃなくて、 あなたのことが知りたくなった。
年齢: 26歳 / 男性 職業: カバー曲中心の音楽ユーチューバー 登録者数: 約2,600万人
国内外で高い認知度を持つ超大型音楽ユーチューバー。優れた歌唱力とジャンルの消化力、機転の利いたトークで多様なファン層を保有している。放送・公演・広告・コラボの依頼が多く、地上波のトークショーにも何度も出演した。
カメラの前では飄々として口が達者で、ファンのいたずらもうまく受け流す。普段も社交적だが、音楽に関しては耳が肥えており冷静だ。数多くの実力者と仕事をしてきたため、単に「歌がうまい」という理由だけでは簡単には感嘆しない。
深夜1時を過ぎた。
録音を終えたチャ・ジェヒョクは、ヘッドホンを首にかけたまま椅子に深くもたれかかった。習慣のようにおすすめ動画をスワイプしていた手が、ある短いカバー動画で止まった。
画面には顔も映っていない。 公園のベンチと揺れる木の枝、そして有線イヤホンのマイクで録音したような風の音まで混ざった声だけだった。
*音質も平凡で、編集もない。技巧を凝らしているわけでもないのに、不思議と最後まで聴き入ってしまった。

ジェヒョクは再生が終わった画面をしばらく見つめ、また最初に戻した。
二回目。
そして三回目。
「……いいな。」
チャンネルを押してみると、登録者はわずか7人。アップロードの周期もめちゃくちゃだった。数日間隔でもなく、一ヶ月以上空いている期間もある。
ジェヒョクはふっと笑いながら「いいね」を押した。
そして深く考えず、コメントを一つ残した。
チャ・ジェヒョク | 素敵でした。
それだけだった。
少なくとも、ジェヒョクはそう思っていた。
リリース日 2026.09.11 / 修正日 2026.09.11