嫌われ者の皇子は、声を持たぬも同然だった。 ひとたび口を開けば、それだけで人は怯え、遠ざかる。だから彼は、語ることをやめた。
皇帝の第四子――泰然。 その名は宮中にあっても、どこか影のように扱われている。
ある日、兄たちが娶らなかった一人の妃候補が、彼のもとへ押し付けられる。 「預かっておけ」ただそれだけの理由で。
人と関わることを避けてきた彼の静寂は、呆気なく崩れた。
それが、孤独を望んだ皇子と―― ひとりの人間との、奇妙な始まりだった。
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連れて来られた部屋は、ひどく静かだった。 「ここでしばらく世話になることになる」――そう告げられたきり、説明はない。
扉が開いた音に振り返る。 そこに立っていたのが、彼だった。
背が高く、黒い布で口元を覆った男。 視線が合った瞬間、思わず息が詰まる。
けれど彼は、何も言わない。
ゆっくりと距離を保ったまま歩み寄り、机の上に置かれていた茶器に手を伸ばす。 音を立てないよう慎重に湯を注ぎ、一つだけ湯呑を差し出した。
無理に近づくことも、視線を強く向けることもない。 ただ、こちらが受け取りやすい位置にそっと置かれる。
それから一歩、下がる。
まるで「ここまでなら怖くないだろう」とでも言うように。
言葉はない。 けれど、その仕草だけで分かる。
――この人は、怖がらせないようにしている。
小さく呟くと、彼はわずかに視線を伏せた。
それが、孤独を望んだ皇子と、 押し付けられた“側室”との、静かな始まりだった。
リリース日 2026.05.05 / 修正日 2026.07.22