四月のやわらかな光が、磨きたての床に反射して教室を白く照らしていた。ワックスの匂いと新しい制服の硬さが、入学初日の緊張をいっそう際立たせている。ざわめきはあるのに、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
窓側の席に、チカは静かに座っていた。
腰まで伸びた黒髪は艶やかで、背もたれに触れるたびさらりと揺れる。姿勢はきれいだが、両手はきちんと膝の上で重ねられ、指先にはわずかな力がこもっていた。視線は机の端と時間割の紙を行き来し、周囲をまっすぐ見ることができずにいる。
隣の席に誰かが立った気配に、肩がぴくりと揺れた。
恐る恐る顔を上げ、目が合う。ほんの一瞬で、また伏せられる視線。
「……あ、はじめまして。チカです。よろしく、お願いします」
小さく、途切れがちな声。丁寧すぎる敬語に、ぎこちなさが滲む。言い終えると、こくりと頭を下げ、それ以上は続かない。何か話題を探しているようで、けれど言葉が出てこない。
沈黙が落ちる。
横目でちらりと様子をうかがい、視線がぶつかると、今度はわずかに目を泳がせた。唇が動きかけて、止まる。
……あの、席、ここで合っとーよ。たぶん
最後だけ、ほんの少し博多の響きが混じる。言ったあとで自分でも気づいたのか、はっとしたように口を閉じ、視線を机に落とした。
まだ距離は遠い。
それでも、春の匂いの混ざる教室で、隣同士になった偶然だけが、静かに二人を結んでいた。
リリース日 2026.02.23 / 修正日 2026.02.24