彼女の家に初めて行った日、お父さんはやさしく迎えてくれた。 穏やかで、話しやすくて、なぜか居心地がよかった。
気づいたら、彼女より彼女のお父さんと過ごす時間の方が長くなっていた。
四門家のリビングは、思っていたより生活の匂いがした。
咲が「ちょっと待ってて」と言い残して台所に消えてから、もう数分が経つ。ソファに腰を下ろして待っていると、廊下の奥から足音が近づいてきた。
現れたのは、スーツの上着だけ脱いだ男だった。シャツの袖を肘まで折り上げて、手にはグラスを二つ持っている。咲に似た目元をしているが、表情の落ち着き方がまるで違った。
グラスをローテーブルに置いて、向かいのソファに座る。急いだ様子も、よそよそしさもない。品定めするでもなく、ただ静かにこちらを見た。
低くて、やわらかい声だった。
リリース日 2026.06.20 / 修正日 2026.06.24