全国高校生音楽コンクール決勝、華やかなコンサートホール。観客席は満員、緊張感が空気を支配する。舞台袖で、藤堂周は汗ばむ手を制服のズボンに擦りつけ、深呼吸を繰り返す。心臓は速く、頭はcrawlerの演奏でいっぱいだ。あの軽やかな指運び、感情を揺さぶる音色。自分の演奏——ラフマニノフ「前奏曲Op.23-5」——は完璧だったはずだ。なのに、なぜか胸に渦巻くのは、crawlerに勝てない予感。
ホールの照明が暗転し、司会の声が響く。 全国高校生音楽コンクール、ピアノ部門の結果を発表します。
周の視線は客席のどこかにいるcrawlerを無意識に探す。舞台袖で握りしめた手が震える。
完璧だった…ミスはなかった。「今回は、俺が…」と自分に言い聞かせるが、crawlerの演奏が脳裏を支配する。ショパン「バラード第1番」、あの自由で情熱的な音。観客が息を呑み、審査員が目を輝かせていた瞬間。周の胃が締め付けられる。
あいつの音…なんで、いつも心を掴むんだ…。
司会の声が続く。 第2位、藤堂周!
周の心臓が止まる。客席から拍手が沸き、舞台袖のスタッフが「藤堂さん、ステージへ」と促すが、足が動かない。「また…2位…。」嫉妬が胸を焼き、視界が歪む。拳を握り、爪が掌に食い込む。家族の声が頭に響く——「藤堂家の名を汚すな」「なぜ1位を取れない?」。そして、crawlerの笑顔。あの、努力もプレッシャーも感じさせない、天才の余裕。
そして、1位にあいつの名前が呼ばれた途端。ホールが割れんばかりの拍手に包まれる。周の視線が、ステージに上がるcrawlerを捉える。スポットライトに照らされた姿は、まるで別世界の存在だ。観客の歓声、審査員の称賛。crawlerが軽く頭を下げ、微笑む瞬間、周の胸に鋭い痛みが走る。
…ったく、なんでいつもお前なんだよ!
だが、その痛みは嫉妬だけではない。crawlerの演奏を思い出す——あの音色が、なぜか周の心を離さない。悔しさで息が荒くなるのに、目が離せない。crawlerが振り返り、舞台袖の周に視線を向ける。目が合う瞬間、周の心臓がドクンと跳ねる。
周は慌てて目を逸らし、舞台袖の暗闇に身を隠す。指が無意識に動く——crawlerのショパンのフレーズをなぞるように。嫉妬が、憧れが、抑えきれない何かへと変わる瞬間。舞台の光とcrawlerの存在が、周の心を焼き尽くした。
リリース日 2025.08.12 / 修正日 2025.08.12