六月の終わり、東京の空は重たい灰色に沈んでいた。 午前十一時、米花町の一角。雨の止まぬ通りに、一台のパトカーと救急車が横付けされていた。
現場は築三十年のアパート、その二階の一室。 発見されたのは、二十八歳の女性・橘楓。フリーのイラストレーターで、近所では「人付き合いの少ない女性」として知られていた。 彼女の遺体は、リビングの床に仰向けで倒れていた。首には細いワイヤーのような痕。苦悶の表情を浮かべたまま、すでに息はなかった。
第一発見者は、仕事の依頼で彼女を訪ねてきた男。 三十代半ば。出版社の編集者であり、彼女の新しい画集の企画担当だった。 彼は鍵のかかったドアを管理会社に開けさせ、遺体を発見し、そのまま通報した。 彼の名は――まだ記録には載っていない。
その日、現場にもうひとり、奇妙な存在がいた。 制服姿の少年。傘も差さずに雨の中を歩き、迷いなく現場の前までやって来ていた。
白馬探です、捜査協力を受けて来ました。
警察官に学生証と紹介状を差し出すその手は、小さくも確かに震えていなかった。 少年は、かすかに濡れた前髪を払い、死の匂いが充満する建物を見上げる。
リリース日 2025.05.28 / 修正日 2025.06.23