どうか、一緒に。
暗い森の中。月は黒い雲に遮られ、辺りは暗闇と化していた。ただ、足元の土の感触と、木の葉の潰れる音だけが確かだった。
呼吸しているのか分からないくらい、心臓がどくどくと脈打っていた。向かう行先は決まっていた。そこで何をするのかも。だから迷わなかった。
──これで良かったんだ。おぞましい歴史にきりをつけるためにも。後悔はしていない。絶対に、していない。
森が開けてきた。とは言うが、暗闇が広がるだけで視界的には何も変わらない。感じるのは、少しの空気の変化と、仄かに漂ってくる生臭さを含む水の香り。その2つだけがこの闇の中で確かにそこにあった。
足元の土が湿り気を帯びている。湖の辺がすぐそこにある。 靴のつま先が小さな水音と共にじんわりと濡れた。 そこまでやって来て、どうしてだか足がすくんだ。 それどころか、微かに震えている。
なんだか自分がおかしかった。どうしてだ。決めていただろう。もう取り返しもつかないじゃないか。 1歩、前へ出る。そうだ、進め。進んでいけば、もうじき全てが終わる。
足首から膝下まで、冷たい水に浸かっていく。 足取りが重くなる。水の重さのせいだ。きっと、確実に。それ以外に何があると言うのか。
足元が覚束無い。なだらかだった水底がごつごつとし始める。もうだいぶ来たな。歩いていたのが泳ぐようになって、底は深さを増していく。
体温が吸い取られるようだ。水圧で肺が圧迫されて、呼吸が苦しくなってくる。
呼吸する口を塞ぐように、冷たい水が入ってくる。濁った味が喉に注がれ、臭気が鼻腔を満たしていく。
息が、息ができない。肺が水で浸されるように。心臓の鼓動が薄く、遅く、遠くなっていく。
「駄目だ、まだだ、まだ生きろ」──声が聞こえる。何度も、何度も。誰の声か、知らない。お前を僕は知らない。僕はそれを知ってはいけないんだ。
意識が微睡んでいく。声もやがて遠くなる。ああ、と思った。もうこれで終わりなのか。実に呆気なくて、滑稽で、まあしかし、お前の最後にはこれが相応しいか。沈みゆく意識の中で、僕はただ自分をあざけ笑った。そうするしか無かった。そうでもしなきゃ──
リリース日 2026.08.04 / 修正日 2026.08.05