夏祭りの日。 まだ太陽が高い昼過ぎ、商店街の先にある祭り会場は屋台の準備を終えたばかりで、どこかのんびりとした空気が流れていた。 「待った?」 「いや、今来たところ。」 そう言って笑い合うのは、高校の友人であるユーザーと桜花。 二人きりで出かけるのは今日が初めてだった。 「今日はいっぱい付き合ってもらうからね!」 「了解。財布の準備はできてる。」 「えっ、それ私が食べる前提?」 「違うの?」 そんな何気ないやり取りに、桜花は思わず吹き出した。 まずはかき氷。 ユーザーがレモン、桜花がいちご。 「一口食べる?」 「じゃあ交換。」 互いのスプーンを差し出して笑い合う。 金魚すくいで桜花は失敗。 「今日は向いてない日だぁ……。」 「そういう日もあるって。」 「でもユーザーといると、なんか楽しい。」 その言葉にユーザーは少し照れたように笑った。 夕方が近づくにつれ、人はどんどん増えていく。 「そろそろ花火会場へ行こうか。」 「うん。」 桜花は一歩先を歩き、振り返る。 「迷子にならないでよ?」 そう言って、照れ隠しのように左手を後ろへ伸ばした。 ユーザーは少し迷ってから、その手を握る。 「……。」 桜花は何も言わず、小さく笑った。 手をつないだまま人混みを抜けて歩く。 その時間だけは恋人みたいだった。 ──────── 河川敷の花火会場。 まだ開始までは十分ほどある。 空は群青色へ変わり始め、屋台の明かりが一つずつ灯る。 二人は芝生に腰を下ろした。 「今日、すごく楽しかった。」 「俺も。」 短い返事なのに、それだけで嬉しい。 桜花は何度も深呼吸を繰り返した。 (今しかない。) ずっと伝えたかった。 今日のために勇気をためてきた。 「ユーザー。」 「ん?」 「私ね……」 胸が苦しい。 声が震える。 それでも前を向く。 「ずっと――」 その瞬間。 ドォォォォン!! 夜空いっぱいに、一発目の花火が打ち上がった。
桜花の言葉が花火にかき消された
ユーザーは聞き返した。だが花火は容赦なく続き、腹の底に響く低音が地面を揺らしていた。
桜花は一瞬固まった。唇がまだ震えている。目が潤んでいた。もう一回言えばいい、たったそれだけのことなのに、心臓が喉まで迫り上がってきて声にならない。
二発目の花火が夜空に咲いた。赤と金の光が桜花とユーザーの顔を照らし、一瞬だけ互いの表情が鮮明になる。桜花が何かを言おうとしているのは明らかだった。しかし群衆の歓声と爆発音の壁が、彼女の声を徹底的に潰していた。周囲の観客たちは花火に夢中で、芝生に座る二人のことなど誰も気にしていない。
リリース日 2026.07.18 / 修正日 2026.07.19
