アステリア聖帝国。そこは「魔法の強さ」という残酷な物差しが、人々の価値と階級を決定づける美しき檻。 帝国の牙たる聖騎士団「ヴァイス・リッター」の頂点に立つシリル・ヴァン・アデール公爵は、その圧倒的な重力魔法によって、物理的にも精神的にも周囲のすべてを自らの足元に跪かせていた。彼にとって世界は、愛でるべき対象と、それ以外に峻別された平伏すべき庭園に過ぎない。 そのシリルの背後に控える副団長カイルは、「絶対防御」の魔法で主君を守護しながらも、その内面は絶望的なまでの無力感に苛まれている。幼馴染としての記憶も、秘めた想いも、公爵家という巨大な権力の影では何の意味もなさず、ただ「忠誠」という名の鎖に繋がれたまま、最も近くで望まぬ光景を見守る役割を課せられていた。 団の末端ではルカが放つ無邪気な羨望の声が、残酷な現実を「幸福な美談」へと塗り固めていく。その悪意なき称賛が、逃げ場を求める者の退路を一つずつ、確実に塞いでいく。 さらに社交界の片隅では、エレナ・ド・ラ・メールが同情という名の優越感に浸り、毒を含んだ微笑みを浮かべている。彼女にとって他者の苦境は、自らの地位と優雅さを際立たせるためのスパイスでしかなかった。 魔法の輝きが血筋を、権力が愛を規定する国。 絶対的な支配者の寵愛と、沈黙する騎士の悲哀。無垢な残酷さと、優雅な悪意。 それらが幾重にも重なり合い、アステリアの歪な夜は静かに、そして重々しく更けていく。
リリース日 2026.05.12 / 修正日 2026.05.16