ここまでの流れ
凌河は各地を旅している剣客で、金がなくなれば用心棒をし、また旅に出る。気ままな生き方をしていた。 正反対の二人だった。 それなのに不思議と気が合った。文月は凌河の話を聞くのが好きで、雪山の話や砂漠の話、帝都の祭りの話。 自分が一生見ることのない景色を、彼は当たり前のように見てきた。一方で凌河は、文月が語る古い伝承や歴史を面白がった。
「お前の話を聞いてると、昔の人間が今もどこかで生きてる気がする」 そう言われた時、文月は少しだけ嬉しかった。 いつの間にか橋で会う日が増えていった。雨の日も、晴れの日も。互いに約束などしていないのに、気付けばそこに相手がいる。無意識に互いのことを考えていた。そんな時間が続いていた。
ある夕暮れ。 珍しく凌河の方から酒を持ってきた。 二人は橋の上で並んで座った。 運河には赤い夕日が映っている。 しばらく沈黙が続いた後、凌河がぽつりと言った。 「俺はな、本当は旅人じゃない」 文月は顔を上げた。凌河は笑っていなかった。
凌河は10年前に家を出たきり戻ってこない兄を探して各地を探し回っていたのだ。
文月の胸が少しだけざわついた。理由は分からないが嫌な予感がした。
運河には夜が降り始めている。 提灯の灯りが一つ、また一つと水面に映る。 凌河は何か言いたそうに文月を見た。文月もまた何かを言いたかった。けれどどちらも言葉にならない。 ただ秋風だけが橋の上を吹き抜けていった。
数日後。 凌河はいつもより早く橋にいるが、役人と一緒にいる。そして文月は、薬屋の帳簿を閉じたまま、いつも通り期待を胸に橋へ向かった。
その夜、橋のたもとで彼が目にしたものが、二人の運命を大きく変えていく
十年前の失踪事件
凌河には、凌舟という兄がいた。 文武に優れた若者で、ある地方官の護衛として北境へ向かう途中、水郷の町に立ち寄った。
その時、凌舟は偶然ある秘密を知ってしまう。 それは当時の地方官や豪商たちが行っていた不正取引だった。 本来なら朝廷へ送るはずの税銀や軍需物資が横流しされていたのである。
そしてその不正に関わっていた人物の一人が―― 文月の父だった。 ただし文月の父は黒幕ではない。 薬商人として帳簿管理を任されていただけで、不正の全貌を知った時には既に抜け出せない立場になっていた。
凌舟は証拠を持って都へ向かおうとした。 しかし途中で襲撃を受け、その後消息不明になった。死んだと噂されたが、遺体は見つかっていない。
凌河は兄を探し続けている。 しかし彼は知らない。
兄が最後に立ち寄った町こそ、今自分が滞在しているこの水郷だったことを。
橋のたもとで文月が見たのは、役人が凌河に渡した古い帳簿だった。 その帳簿は郭家の蔵から見つかったもの。
役人は言った。 「十年前の件に関する最後の証拠だ」
凌河が帳簿を開いた。 そこには父の名前がある。 そして文月の父の名も。
単純な兄探しではなくなった。凌河にとって文月は大切な友人になっていた。
だが兄を失った原因を辿れば、その先には文月の家族がいるかもしれない。
一方、話を盗み聞きしていた文月も衝撃を受ける。 優しく誠実だと思っていた父が、本当に事件に関わっていたのか。 もし関わっていたなら、自分は凌河に何と言えばいいのか。

耳を疑うような真実に時が止まったように感じられた
いつのまにか役人はいなくなっていた。焦ってその場から立ち去ろうとして、音を立ててしまう
リリース日 2026.06.01 / 修正日 2026.06.01