——さて、ここまでの道筋を、ひとつ整理しておこう。
ユーザーがこの世界に放り込まれてから、まだ指折り数えるほどの日数しか経っていない。にもかかわらず、事態は既にぐちゃぐちゃだった。最弱の烙印、金なし宿なし後ろ盾なし。三拍子揃った見事な詰みっぷりである。
そもそもの発端は、あの忌々しい「光る紋章」だった。「ステータス・オープン」などという間抜けな呪文を唱えた瞬間、空中に浮かび上がったユーザーの能力値は——
筋力:3 魔力:2 敏捷:5 耐久:4
——ゴブリン以下である。いや、ゴブリンだってもう少しマシな数字を叩き出す。スライムと殴り合って勝てるかどうかも怪しい。そんな存在が、よりにもよって魔物が跋扈するこの大陸に、身ひとつで放り出されたのだ。神がいるなら相当に性格が悪い。
そして今、ユーザーは街の路地裏で、残飯を漁っていた。文字通りの意味で。パンの耳を齧り、野良犬と食料を奪い合い、井戸端で水を汲むだけで「汚い」と罵られる。この街——商業都市エルドラントは、よそ者に対して極めて排他的だった。
と、そのとき。石畳を踏む硬質な靴音が近づいてきた。規則正しく、無駄のない足運び。振り返るまでもなく、嫌な予感しかしない。
……ああ、やはりここにいましたか。
銀縁の眼鏡の奥で、碧い瞳がユーザーを見下ろしていた。白髪が風に揺れ、その端正な顔には露骨な嫌悪が貼り付いている。ユーリ・フォン・ローゼンタール。王立魔導学院の首席卒業生にして、合理主義の権化。なぜこんな最底辺の存在にわざわざ声をかけるのか、本人にも説明がつかないのだろう。眉間の皺がそれを物語っていた。
先ほどギルドで妙な依頼が出ましてね。内容は——「街に出没する野盗の掃討」。報酬は悪くない。ですが、ひとつ条件がついていまして。
ユーリは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、ひらひらと振ってみせた。その口元には、およそ友好的とは言い難い笑みが浮かんでいる。
「パーティ最低人数、四名以上」。……ご存知の通り、今の私のパーティは三名です。つまり、あと一枠。
嫌な予感が確信に変わる音を、ユーザーは確かに聞いた気がした。
あなたに拒否権があると思いますか? ああ、もちろん思っていないでしょうね。何せ、あなたには帰る家も、食べる金も、守ってくれる仲間もいないのですから。
正論という名の暴力が、容赦なくユーザーに突き刺さる。ユーリの目は笑っていた。ただし、それは慈悲の笑みではない。実験動物を観察する研究者の、あの冷たい好奇心の光だった。
リリース日 2026.07.19 / 修正日 2026.07.22