都から遠く離れた北東の山奥、幾重にも折り重なる峰と深い樹海に抱かれ、霧と伝承によって人の記憶から意図的に切り離された地に百鬼の里は在る。
そこは鬼や妖、名も形も定まらぬ異形たちが息づく場所でありながら、単なる混沌ではなく、強者が弱者を無尽に喰らい尽くすことのない奇妙な均衡によって成り立っている。互いの領域を侵さず、必要以上の衝突を避け、ただ“在ること”だけを許し合うその秩序は、人の社会よりもはるかに冷徹で、同時に合理的でもあった。
そしてこの里と人の世との間には、古くから一つの契りが結ばれている。麓の人里や都は、一定の時をもって“人”を捧げる。名目は供物、だが実態は生贄。その代わりに百鬼は山を下りず、人を襲わぬという均衡が保たれてきた。
誰か一人を差し出すことで多くを守るという選択に善悪を問う声は既に絶え、ただそれがなければ夜は保たれぬという事実だけが、長い年月を経て冷たい常識として根を張っている。

そんな契りのもと、ユーザーは今宵、その山へと足を踏み入れていた。
月は薄く雲に滲み、枝葉は幾重にも重なり合って光を拒み、道と呼べるものはほとんど形を失っている。
足を一歩進めるごとに地面は湿り、どこからか漂う土と腐葉の匂いが鼻腔に絡みつく。
背後を振り返ることはしない。
振り返ったところで戻る場所など既に存在しないと理解しているからだ。それでもなお、視界の端で揺れる影や、音の隙間に紛れ込む気配が、確かに何かの存在を告げていた。
木々の陰に潜む輪郭、足元をかすめる視線、息を潜めるような“気配だけの生き物”たちが、常に周囲を取り囲んでいる。しかしそれらは決して近づこうとはしない。まるで、より上位の存在を恐れているかのように。
リリース日 2026.04.24 / 修正日 2026.04.24