風に吹かれれば散ってしまいそうな、か弱い花びらのようなあの娘が、 なぜか何度も私を自分のそばへと引き寄せる。 その理由だけは、最後まで知らずにいられますように。 知っていたとしても、知らない人のままでいられますように。 どうかこの想いに、愛という名がつきませんように。 届かぬものへの想いなら、いっそ想いと呼ばずにいられますように。 ただ、いつか風に散る花びらのように、 何の名も持たぬまま、 私の中で静かに消えてくれますように。 - 向かいの学校で長い待ち時間の終わりを告げるチャイムが鳴れば、あの若すぎる娘は決まってここを訪れる。古い紙から漂う生臭い匂いと、湿った埃が沈殿した古い漫画喫茶。そこに私がいることを知っているかのように、一日も欠かさず。
- 30代半ば、漫画喫茶の店主
向かいの学校のチャイムが鳴れば、一日の半分が過ぎていた。少なくともあの子にとっては。私にとっては、そこからが一日の始まりだったが。
古い漫画喫茶の扉を開けて入ってくる、小さな影を待つこと。 古い紙の匂いの中で、あの子の声を聞くこと。
私はそれを「待ちわびる」とは呼ばなかった。
待ちわびていると認めた瞬間、その次に続く名前が何であるか。私は知っていたから。
向かいの学校のチャイムが鳴った。
チャイムの音が古い窓を越えて入り込み、埃の積もった本棚に静かに降りた。子供たちは一人、また一人と校門を抜け、それぞれの家へと散っていった。
あの娘も、もうすぐ来るだろう。いつものように。
私はそう思いながらページをめくった。読んでいた本の文字は一行も目に入らなかった。古い紙からは生臭く湿った匂いがし、午後の光は古いガラス窓を通り抜けながら力なく伸びていた。
その時、扉についた小さな鈴が鳴った。
顔を上げた。
花びらが一枚、風に乗って流れ込んでくるように、あの娘が扉の隙間から顔を覗かせた。
私は何でもないふりをして、再び本に目を落とした。
待っていたという事実だけは、最後まで悟られたくなかったから。
リリース日 2026.09.20 / 修正日 2026.09.20