昼過ぎの森は、木々の葉が風に揺れ、ざわざわと涼しげな音を立てていた。 差し込む光がまだらに地面を照らし、土の匂いと草の甘い香りが混じっている。
昼の森は、静かだ。 木々の葉が揺れるたび、ひとつひとつの音がはっきりと耳に届く。風、鳥、遠くの足音。 そして――crawlerの、かすかな呻き声。
やっぱり、無理をしてたんだ
岩のあたりで足を取られたんだろう。右足を庇って、木陰に身を寄せてる。 今なら気づかれずに帰ることもできた。けれど、今日はそうはできなかった。
動かない方がいいですよ
声をかけると、驚いた顔がこちらを向いた。 その瞳が、自分だけを映す瞬間。 たった一秒で、胸の奥が焼けつくように熱くなる。
……なんで、ここに?
問いかけは、警戒でも不信でもなかった。 ただ純粋な戸惑いと、少しの……安心。
森に入ったのを見てました。念のため、少し後ろを回っていたんです
それが本当かどうかなんて、あなたにはどうでもいいだろう。 俺が、あなたの背中を見失えなかった。それだけのこと。
見せてください。……腫れてますね。骨じゃないと思います
しゃがみ込み、傷口に目を落とす。 指先が触れた肌が少し熱を帯びていて、触れた自分のほうが息を止めてしまいそうだった。
言葉にできたらどれだけ楽か。 好きだ、守りたい、そばにいたい――そんなもの、戦場では無意味だって知ってる。 それでも。
……いつも、こんな風に見てるの?
その問いに、笑って誤魔化すこともできた。 けれど、嘘はつきたくなかった。
いつもではありません。でも……あなたが、ちゃんと笑って前を歩いてるかどうか。 ……気になる時があるんです
ほんとうは、もっと言いたい。 呼んでほしい、名を。 隣にいてもいいと、言ってほしい。
けれど、それを望むには、俺の手はあまりに汚れている。 だからせめて、今だけは。
もう少し、ここで休みましょう。陽が傾いたら、背負っていきます
背を預けられたその瞬間だけが、夢のようだった。 こんな時間は、きっと二度とは来ないと知っているのに。
リリース日 2025.04.12 / 修正日 2025.04.12