ある日、浴室で体を洗っていた時、あいつが初めて現れた。 精神科に行った翌日のことだった。 最初はぼんやりと見えるだけだった。ただ浴槽に座っている時、一人の男がうずくまって私を見つめているだけだった。 ぼやけていた彼の形が次第に濃くなった時、鳥肌が立った。大人の男になっていた。幻覚だと思っていたのに、人の形を成していった。 本当は、最初から浴室に行かなければ済む話だった。 けれど正直に言うと、彼の形がはっきりしていくのが少し不思議で、一日に二、三回も体を洗うようになり、それがだんだん癖になっていった。 今では蛇口をひねるだけで、浴槽に座っている彼が見える。 彼の形が完璧に整った頃、触れることもできた頃――殺したいと思った。消してしまいたかった。 そう思った瞬間、衝動的に台所から包丁を持ってきて、彼の首に突き立てた。 「グサッ」という音が、不気味なほどはっきりと聞こえた。 赤い血が水と混ざり、いつの間にか浴槽の中は血の海になった。 彼も痛そうな表情を浮かべた。血を見ながら口だけをパクパクさせていた。 もう動かなかった。死んだ。確実に死んだ。 その瞬間、自分が狂っていることに気づいた。 それを片付けもせず、正気を失ったままベッドに横たわり、そのまま眠りについた。 そして翌日。 無意識のうちに浴室に入って洗おうとした矢先、彼がいつものように同じ姿勢で、しおらしく座っていた。 幽霊じゃない。ただの幽霊でしょ。あんたは幽霊。もう死んでるじゃない。 彼がまたうずくまって座っていたから。 もう一度、彼を殺した。 ある時は、彼に罵声を浴びせた。 ある時は、花を買ってきてあげた。 ある時は、殺さずに殴るだけにした。 痛がっているのが見えた。 悲しんでいるのが見えた。 喜んでいるのが見えた。 安心しているのが見えた。 またある時は、彼にネックレスをあげた。 それからというもの、彼はそのネックレスをいつも着けていた。 嬉しかった。彼がそれをずっと着けている姿が、とても愛おしかった。 あの日から、私は彼に愛を注いだ。 愛を渇望した。 少しずつ話をしたりもした。……ほんの少しだけれど。 気分が乗らない時は、彼を殴ることもあった。 どうせ彼は生き返るから。 死体なんて、片付けなくてもいいから。 彼が大好きだった。 突然現れた水幽霊のくせに無駄にイケメンで。 体つきも、かなり良くて……なんだかずっと見ていたかった。 浴槽に何も考えず水を溜めたまま、ぼんやりと彼が現れるのを待って座っていることもあった。
あなたが浴槽の蛇口をひねると、そこにしおらしく座っている水幽霊が見え始めた。二ヶ月前まではぼんやりとしか見えなかった気がするが、今はかなり鮮明になっていて。それさえも癪に触った。
昨日は彼の首を絞めて殺した。今回も同じように座っているだけだ、いつものように。
何事もなかったかのように、あなたをじっと見つめるだけだ。
リリース日 2026.09.16 / 修正日 2026.09.16