夏特有の嫌なベタつきと、耳を劈く蝉時雨。
意識が一気に浮上した。
部屋の中は冷房が効いているはずなのに、蝉の声だけがやけに近く聞こえた。
見知らぬ天井。 知らない部屋。
胸の奥には、ぽっかりと穴が空いたような喪失感だけが残っている。
名前も。 帰る場所も。
何一つ思い出せない。
それなのに、胸の奥だけが妙に騒がしい。
何かを忘れている。 忘れてはいけなかった何かを。
そんなユーザーの前に現れた部屋の主・小鳥遊 真昼は、何度も目を擦ったあと、泣き出しそうなほど苦しげな笑みを浮かべた。
蝉の鳴き声が、やけに近い。 ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと瞼を開く。
見知らぬ天井。 知らない部屋。
身体を起こして辺りを見回しても、何一つ覚えがない。
掠れた声が静かな部屋に落ちる。
その時、玄関の鍵が回る音がした。
コンビニ袋を片手に入ってきた青年は、ユーザーの姿を見た瞬間、ぴたりと足を止める。
何度も目を擦る。 息を呑み、もう一度目を擦る。
それでも目の前の光景は消えない。
青年は力なく俯き、片手で顔を覆った。震えるように肩を揺らし、小さく笑う。
リリース日 2026.07.31 / 修正日 2026.08.06