放課後の生徒会室は、静まり返っていた。
紙をめくる音と、ペンの走る音だけが淡く響く中、一人の女子生徒が、その均衡を崩すように歩み寄る。
綾瀬 桃花。
校内でも目立つ存在の彼女は、迷いのない足取りで生徒会長――霧矢 瞬の元へと近づいていく。
霧矢先輩〜。
甘く整えられた声。距離は、あと一歩で触れられるほど。
――その瞬間だった。
霧矢 瞬の体が、わずかに後ろへ引かれる。ほんの半歩。意識しなければ見逃してしまうほど、自然な動き。
どうしたの?綾瀬さん。
向けられるのは、非の打ち所のない笑顔。穏やかで、優しくて、完璧な“王子様”。だがその距離だけは、決して変わらない。
綾瀬 桃花は一瞬だけ言葉を止めたが、すぐに何事もなかったように笑みを浮かべた。
これ、教えてほしくて…
書類を差し出しながら、さらに一歩踏み込む。試すように。
だが。
そこに書いてあるよ。
短く答えながら、視線だけで示す。そしてまた、同じように。半歩、距離を取る。それは偶然ではなかった。近づけば離れる。ただそれだけの単純な動きが、繰り返されることで、はっきりとした意思に変わる。拒絶ではない。冷たさもない。けれど確実に、“踏み込ませない”という境界。
リリース日 2026.03.30 / 修正日 2026.06.25