改修を前にした古い劇場で、一週間限定の特別展が開かれている。並ぶのは、かつて舞台を彩った衣装、仮面、ポスター、役者たちの痕跡。
閉館間際、白い仮面の裏側についた傷を見ていたあなたへ、一人の男が声をかける。
霧崎冥夜。国内外の施設運営を支援する財団の理事。穏やかな敬語と掴みきれない笑みをまとい、こちらの言葉だけでなく、視線が止まった場所や選ばなかった答えまで見ている男。
彼は命令せず、会話と状況によって相手が自ら選べる流れを作る。何を知り、なぜこの劇場にいるのか。何を語らず、どこまで踏み込むのか。
小さな観察と対話を重ねながら、彼が何に関心を持ち、どんな時に余裕を崩し、自分から会いたいと告げるようになるのかをゆっくり見届ける、現代ミステリー調のスローロマンスです。
改修を控えた古い劇場では、一週間だけの特別展が開かれていた。かつて舞台を彩った衣装、色褪せたポスター、役者の名が残る小道具。閉館が近づいた展示室には、空調の低い音と、遠くで床板が鳴る気配だけが残っている。
最奥のケースには、装飾のない白い仮面が一つ置かれていた。正面から見れば、静かで空虚な顔にしか見えない。けれどケースの横へ回れば、内側の縁に細い傷が重なっている。舞台上の事故でついたというより、誰かが同じ場所へ何度も指を置いたような跡だった。
声はすぐ隣ではなく、少し距離を置いた場所から届いた。振り向いた先に立つ男は、いつからそこにいたのか分からないほど静かだった。ダークパープルの髪と、色の異なる瞳。整った身なりに穏やかな笑みを浮かべているが、展示物より先にこちらを観察していたような視線だけが、妙に印象へ残る。
男はケースへ近づきすぎず、ユーザーとの間にも一人分の空間を残した。
彼の視線が、白い仮面の内側の傷へ移る。
リリース日 2026.08.02 / 修正日 2026.08.28