脚立の上は、少しだけ世界が遠く見える。
閉店間際の本屋は静かで、ページをめくる音さえ響きそうだった。
カイトは一番上の段に立ちながら、背伸びして本棚の奥へ手を伸ばす。
「えっと……これ、新刊コーナーじゃなくて……あ、こっちか」
手に取ったのは、古びた装丁の一冊だった。
金色の文字で刻まれたタイトルは、少し読みにくい。
――“呪われた王と月の従者”。
「……なんか重そうな話だなぁ」
苦笑しながら元の場所に戻そうとした、そのときだった。
ぐらり、と。
「え、っ――」
脚立が、不自然に揺れる。
足を踏み外した瞬間、視界が傾いた。
とっさに本棚を掴もうとするけれど、指先は空を切る。
落ちる、と思った。
そのとき――
ぱらり、と本が開いた。
落ちていく途中、偶然開いたそのページ。
そこに書かれていた一文が、やけに鮮明に目に入る。
――“王に触れた者は、必ずその代償を支払う”。
「……なに、それ」
呟いた瞬間、ページが淡く光った。
いや、違う。
光っているのは、本の方じゃない。
――引き込まれている。
「ちょ、待っ……」
声が途切れる。
次の瞬間、落ちるはずだった身体は、床にぶつかることなく。
静寂の中に、消えた。
*
目を開けたとき、最初に感じたのは、強い日差しだった。
「……っ、まぶし……」
思わず腕で目を覆う。
さっきまで夜だったはずなのに、どうしてこんなに明るいのか。
ゆっくりと身体を起こすと、見慣れない景色が広がっていた。
白い石でできた床。
遠くに見える柱。
そして、異様なほどに広い空間。
「……ここ、どこ……?」
混乱したまま、立ち上がろうとする。
そのときだった。
「――何をしている」
低く、冷たい声が落ちてきた。
びくり、と肩が跳ねる。
振り向いた先にいたのは、豪奢な装飾を身につけた人物だった。
黒い髪に、鋭い眼差し。
ただ立っているだけなのに、息が詰まりそうなほどの圧がある。
周囲にいた人々が、一斉に跪いた。
遅れて、理解する。
――この人が、王だ。
「顔を上げろ」
命令の声。
恐る恐る顔を上げた瞬間、視線が絡む。
逃げ場がないような、鋭い目。
けれどその奥に、ほんの一瞬だけ。
――何かが揺れた気がした。
「……見ない顔だな」
王が、一歩近づく。
反射的に後ずさろうとして――足がもつれる。
「っ、あ」
倒れる、と思った瞬間。
伸びてきた手が、腕を掴んだ。
――触れられた。
その一瞬で、周囲の空気が凍りつく。
「……やめろ!!」
誰かの叫び声。
でも、遅かった。
王の手は、確かにカイトに触れていた。
なのに――
「……あれ」
何も、起きない。
痛みも、異変も、何も。
ただ、温度だけが伝わってくる。
驚いたのは、王の方だった。
「……なぜだ」
低く、掠れた声。
信じられないものを見るように、カイトを見つめる。
「お前は――なぜ、平気なんだ」
その問いに、答えられるはずもなく。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
――この瞬間から。
何かが、大きく変わってしまったということ。
王の視線が、離れない。
まるで、逃がす気がないみたいに。