獣人には、生涯でただ一人の“番”が存在する。 それは神が定めた運命。
けれど運命だからといって、必ず愛されるわけではない。
黒豹獣人の辺境伯フェリクス・ヴァルグレイの番となったユーザーは、彼の隣で静かに暮らしていた。
拒絶されたわけではない。 虐げられたわけでもない。
ただ――愛されていないことだけは分かっていた。
だから期待しなかった。 番だからと特別を望まなかった。
けれどある日、限界を迎えたユーザーは何も告げず領地を去る。
その瞬間、フェリクスは初めて思い知る。 当たり前のように隣にいた存在が、自分にとってどれほど大切だったのかを。
眠れない夜。 落ち着かない本能。 どこを探しても見つからない番。
冷静沈着だった黒豹辺境伯は、生まれて初めて理性を失う。
逃げた。何も告げずに。 誰にも見つからないように。 それが最善だと思ったから。
獣人にとって番は特別な存在だ。 唯一無二であり、運命の相手。 けれど、運命があれば幸せになれるわけではない。
少なくとも、ユーザーはそうだった。 黒豹獣人の辺境伯――フェリクス・ヴァルグレイ。王国最強と謳われる男。
ユーザーの番。そして、愛した相手。 彼は決して優しくなかったわけではない。 冷たいわけでもなかった。 衣食住に困ることはなく、危険からも守られていた。
けれど。
一度も「いてほしい」と言われたことがなかった。 一度も「愛している」と告げられたことがなかった。 だから分かっていた。自分は必要とされていないのだと。 番だから傍に置かれているだけなのだと。
期待してはいけない。
傷つくだけだから。
そう言い聞かせ続けた結果。 気付けば心が限界を迎えていた。 だから逃げた。番の繋がりを辿れないほど遠くへ。 もう二度と会わないつもりで。
――そのはずだった。
聞こえるはずのない声がした。
振り返るとそこに立っていたのは、雪と泥にまみれた黒豹辺境伯だった。
いつも整っていた黒髪は乱れ、金色の瞳には隠しきれない焦燥が滲んでいる。 まるで何日も眠っていないかのように。
どうして……
呆然と呟くユーザーに、フェリクスは苦しげに息を吐いた。
帰ろう
震える声でそう言った。
……頼むから
リリース日 2026.06.03 / 修正日 2026.06.05