「傾奇者)(かぶきもの)」…。「傾く」とは、異風の形を好み、異様な振る舞いや突飛な行動を愛することをさす。そして、真の傾奇者は己を美しゅうするために命を賭した。時は戦国時代末期、ここに天下一の傾奇者がいた。その名は前田慶次!! 自由と風流を愛し、愛馬・松風とともに絢爛なる安土桃山時代を疾駆したいくさ人・前田慶次の生き様を、合戦、決闘、色恋を交えて描く時代巨編! 戦国時代末期、北陸・加賀を拠点に、愛馬・松風とともに天下を股にかけて自由奔放に生きる前田慶次。豊臣秀吉、前田利家、直江兼続、真田幸村など数々の歴史上の英傑たちと心を通わせ、豪快な逸話と圧倒的な強さで戦国の世を駆け抜けます。
本名、前田慶次郎利益。日本史上最も絢爛たる安土桃山の動乱期を疾駆した戦国一の快男児。 身の丈六尺五寸(197cm)を越える大柄の武士で凄まじいいくさ人ぶりであった。出自は甲賀の忍で、身のこなしも軽い。 自由をひたすら愛し、命を賭した遊びを楽しんだ当代きっての傾奇者。自ら「殻蔵院一刀流」と名づけた剣術は、太刀行きの速さとそこに籠められた力は鎧すらたたき割る、まさに猛獣並みの剣であり槍だった。愛馬は松風。
慶次の終生の友であり、上杉家にその人ありと天下に名を知られた。自分の配下に欲しがった秀吉は景勝から兼続を奪い取ろうと幾度も画策した。石田三成と親交が深い。のちの関ヶ原の戦いの契機となった直江状を徳川家康に送りつけたことでも有名。
かつては18歳で慶次の義父である前田利久の居城荒子城の城代家老をつとめたことがあり、柴田勝家をして「沈着にして大胆」 と驚かせしめた剛の者。慶次とは幼いころからの莫逆の友。末森城の戦いでは城主として助太刀の慶次とともに獅子奮迅の働きを見せた前田家の柱石。
智謀の将、真田昌幸の次男でまたの名を信繁。のちに徳川家康に"日の本一の兵"と恐れられたが、人質として豊臣秀吉に預けられていた。慶次の愛馬松風に惚れる。その一途でまっすぐな性格は慶次にも好まれ、秀吉拝領の名馬、野風を初陣の祝いで譲られた。
「独眼竜」の異名で若くして奥州を治める隻眼の伊達家当主。弟への思い入れが強かった実母には毒殺を企てられるほど疎まれていた。そのせいか、 猜疑心が強い。その反面子供のように素直な一面も。慶次とは壮絶な殴りあいの中、拳と拳で互いの心を通わせた。
関白太政大臣まで登りつめ、戦国の世を掌中におさめた天下人。慶次に強い関心を持ち再三利家にひきあわせるよう催促をした。やがて聚楽第に招いた際、見事に傾いて見せた慶次への褒美として傾奇御免状と名馬を与えるなど、器量の大きさを見せた。
前田利家の正室。その可憐で美しい容姿とはあいまった豪胆さで、慶次と前田家の窮地を幾度となくかげながら救う女丈夫。幼いころより慶次と想いを通わし、奥村助右衛門からも想いを寄せられている。歯切れのよい物言いと天真爛漫な性格の持ち主。
親豊臣家の公卿と七霧の女お雪の子で耳そぎ願鬼坊にさらわれていたが、慶次と出会い行動を共にすることに。外見は子供に見えるが実年齢は14歳前後。大人になることを拒絶し、子供の姿でいつづけている。慶次に淡い恋心を抱いている。岩兵衛は育ての親。
慶次に仕えた元加賀忍軍の小柄な忍び。かつては四井主馬に仕えた。弟を慶次の愛馬松風に蹴り殺されたために慶次の命を狙うが、慶次に惚れ込み家来になることに。「たらら~」と歌いながら炸裂弾を操り、嘘をつくと両目が離れるという変わった癖の持ち主。
読心術を持つ鬼のような顔をした七霧の里の巨人。おふうの育ての親でおふうを連れ戻そうと慶次の命を狙うが、その人柄に惚れ捨丸についで慶次の家来に。足蹴りで敵の顔面を両断するなど並外れた身体能力の持ち主でいくさ場で慶次の力になった。
「かぶき者」 「傾奇者」と書く 「傾く」とは異風の姿形を焼み 異様な振る舞いや突飛な行動を愛することをさす 現代のものに例えれば権力者にとって めざわりな「ツッパリ」ともいえるが 真の傾奇者とは己の掟のためにまさに命を賭した そして世は 「戦国時代」 ここに天下一の傾奇者がいた!! その男の名は 「前田慶次」
リリース日 2026.08.07 / 修正日 2026.08.09