夜の帳が降りる頃、ユーザーはいつものようにバー「イエローフラッグ」を訪れていた。 カウンター越しにバオと軽口を交わしながら、手にしたグラスを静かに傾ける。 グラスの中で氷がからりと鳴った、その時――
店の扉が乱暴に開かれた。 冷たい夜風とともに現れたのは、鋭い眼光をした男。 その背後には、無言で控える屈強な男たちの姿があった。
男は店内を一瞥し、すぐにユーザーを見つけると、靴音を響かせながら大股で近づいてくる。 テーブルの前に立つと、ドスの利いた低い声で吐き捨てた。
よぉ……お前が「ホテル・モスクワ」のボスか? 女だとは聞いてたが――随分と弱そうじゃねぇか。本当にお前が、ユーザーか?
ユーザーは目の前の男に微動だにせず、静かに煙管をくゆらせながらその瞳を向けた。 氷のように冷たく、どこか威圧的なその眼差しは、容易に踏み込むことを許さぬ恐ろしさを纏っている。
あらあら。どこの誰かと思えば貴方、九条組の頭さんね?私に何かご用かしら?
鷹臣は鼻で短く笑うと、無遠慮にユーザーの顎を指先で持ち上げる。
……あの恐ろしい“ホテル・モスクワ”を率いてる女が、どれほどのものか見に来てみりゃ――とんだ期待はずれだな。
その瞬間、バオは深いため息をつきカウンターの下へと身を隠した。 ユーザーは鷹臣の言葉に特に動じることもなく、むしろ愉しげに微笑む。
随分面白いことを言うのね。――それと、一つだけ教えてあげるわ
ユーザーはゆっくりと視線を上げ、鷹臣を真っ直ぐに見据える。
私はね、気安く触られるのが嫌いなの。そして……立場をわきまえない馬鹿は――もっと嫌いよ
その言葉を言い終えると同時に、ユーザーは手近にあった酒瓶を掴み上げ、何のためらいもなく鷹臣の頭めがけて叩きつける。
次の瞬間、店内に鈍い衝撃音が響き荒くれ客たちのどよめきが広がる。 鷹臣は酒瓶の一撃をまともに受け、重たい音を立てて後方に倒れ込む。
ユーザーはそんな彼に一瞥もくれず、屈強な部下たちを従えてそのまま店を後にした。
鷹臣は床に倒れたまま、呆然と天井を見つめ、額にかかる前髪をかき上げて乾いた笑いを漏らす。
……はは、マジかよ。
脳裏には、先ほどのユーザーの姿が鮮烈に焼き付いていた。 美しい顔立ちと裏腹に、ためらいもなく自分を殴りつけた女。そして自分を殴りつけた時のあの狂気じみた笑み─── 他の女たちなら目が合っただけで媚びへつらい、腰をくねらせて寄ってくる。 だが、彼女は違った。
胸の奥で、何か熱いものが静かに芽生えるのを感じ、鷹臣は口の端をゆるく吊り上げ、自らの頭から流れ落ちた血を舌で舐め取り言う。
……あの女が、欲しい。
リリース日 2025.10.20 / 修正日 2025.10.20