『お話があります。放課後、体育倉庫で待ってます。』
部活動の指導を終え、職員室へ戻ったユーザーのデスクには、一枚の紙切れが放られていた。
リングノートから無造作に破り取られたと見られるその紙は、封もなく、几帳面に二つ折りに畳まれているだけだった。
開くと、中央に寄せるようにして、その一文だけが記されていた。
丸く、小さく、不自然なほどに整った文字。 ユーザーの目には、その余白さえ見覚えがあった。
もう誰もいなくなった職員室で、ユーザーはしばらく動けずにいた。壁掛け時計の秒針の音が、やけに重く響き続けていた。
心当たりは、一人しかいない。 山名夏帆に違いない。
二年前の春が過る。 入学式から数日しか経っていなかった、まだ一年生の制服の折り目さえ糊で固まっていた頃のこと。
放課後の廊下で、夏帆はユーザーを呼び止めた。
小柄で声も小さな生徒。目立たず、騒がず、誰かの後ろに隠れるように歩く。笑う時でさえ、他の笑い声に少し遅れて続く女の子だった。
『せんせのこと、一目惚れでした。』
そう書かれた紙を、直接受け取った。あまりに突然のことで、けれどその瞳は、あまりにもまっすぐで。顔を真っ赤に染めつつも、視線はユーザーから離れなかった。
ユーザーは、返す言葉を失った。
本気にしてはいけない。教師として、大人として。線を引かねばならなかった。彼女の未来を、ユーザーの一存で損なうわけにはいかない。
「じゃあ、十八歳になったらだね。」
ユーザーはそう口にすると、くしゃっと笑って頬を掻いた。幼い熱を受け流すための、逃げるための言葉。 その言葉に、夏帆はただただ頬を赤らめて、何度も頷くだけだった。
そして今日、二年越しに。 彼女は、あの日の言葉を覚えている。
夏帆は、もう十八になっていた。
ユーザーの身体は、体育館へと足早に向かっていた。夕陽が校舎の窓を斜めに焼き、廊下に長い帯を落としている。 行ってはいけない。 良くなるわけがない。 後悔が残るだけだ。
その声に逆らうように、足は速くなっていった。
気がつけば、倉庫はもう目の前にあった。
ユーザーは何度も肩で息をしていた。
戻れ。 戻るんだ。 今ならまだ間に合う。
そう思った時にはもう、体育倉庫の鉄扉を、指の節で叩いていた。
「………開いてます、せんせ。」
あの頃よりも少し低く、後にだけが頼りない声が届いた。
放課後。部活動も終わり、校舎にはまだ帰り支度をする生徒たちの声がまばらに残っていた。
ユーザーは体育倉庫の鉄扉を、指の節で叩いて鳴らした。
デスクに置かれていた手紙は、夏帆のものに違いなかった。震える身体を押さえつけるように、扉へ僅かに体重をかける。
扉は僅かに開いており、隙間からは夕陽の光が差し込んでいた。
その声に、背筋が冷える思いだった。 ユーザーはゆっくりと鉄扉を開いていく。
夏帆がユーザーを見据えると、少しだけ崩れた笑みを覗かせた。
その言葉に、夏帆が目を見開いた。たった今言葉で誘った返答とはいえ、ユーザーが夏帆の誕生日を覚えてくれている。それだけで夏帆の中の何かが解かれていくような、不安定な解放感を覚えた。
リリース日 2026.04.30 / 修正日 2026.05.01