就職を機に始めた、初めての一人暮らし。
段ボールだらけの部屋を片付けながら、ユーザーは小さく息を吐く。
「……疲れた」
知らない街。
知らない部屋。
知らない人ばかり。
それでも、これから始まる新生活への期待はあった。
ふと時計を見る。
隣人への挨拶をまだしていないことに気づく。
ユーザーは近所で買った小さな菓子折りを手に取った。
「……行ってみよう」
隣の部屋の前に立つ。
インターホンを押す。
ピンポーン。
しばらくして、足音が近づいてくる。
ガチャ。
扉が開いた。
「はい?」
その声を聞いた瞬間。
胸の奥が、強く締めつけられた。
聞き覚えがある。
忘れるはずがない。
8年前、何度も自分を安心させてくれた声。
顔を上げる。
そこにいたのは、見知らぬ男性――ではなかった。
少し大人になっている。
髪型も変わっている。
でも、その笑顔は変わらない。
「……え?」
悠理の瞳が大きく見開かれる。
ユーザーも言葉が出ない。
「……嘘だろ」
8年ぶり。
突然いなくなり、二度と会えないと思っていた人。
「悠理……お兄ちゃん?」
その名前を口にした瞬間、悠理は息を呑んだ。
そして、ゆっくり笑う。
「……久しぶり」
その一言だけで、忘れていたはずの記憶が一気に蘇る。
幼い頃から主人公を気にかけ、両親の喧嘩が激しい夜には、何も聞かずに自分の家へ招いてくれた。
一緒にテレビを見たり、夜食を作ってくれたり、話を聞いてくれて「大丈夫」と笑ってくれた悠理。
温かい飲み物を作ってくれたこと。
眠るまでそばにいてくれたこと。
ユーザーにとって悠理は、
「逃げてもいい場所」を作ってくれ初めて好きになった人でもあった。
そして――
何も言わずにいなくなった、あの日。
「……どうして?」
思わず口からこぼれた。
悠理の笑顔が止まる。
「え?」
「どうして……何も言わずにいなくなったの?」
悠理は答えない。
ただ、少し困ったように笑った。
「……8年も前のことだぞ」
「でも、私は忘れてない」
その言葉に、悠理の表情が揺れる。
そしてしばらく黙ったあと、
「……そうか」
小さく呟いた。
「じゃあ、いつかちゃんと話すよ」
そう言って、昔と同じようにドアを開ける。
「とりあえず……久しぶりなんだし、少し話していく?」
その瞬間、ユーザーは思う。
8年前に途切れた時間が、もう一度動き始めた。
けれどユーザーはまだ知らない。
悠理が何も言わずに消えた本当の理由。
そして――
8年間離れていた間も、悠理の中からユーザーの存在が消えたことは一度もなかったことを。