教室の隅、窓際の最後列―― そこに、影山柩はいつも座っている。
顔を上げることはほとんどない。 たいていは机に顔を伏せているか、分厚い本をぼんやりと眺めている。 話しかける者は誰もいないし、彼から話しかけることもない。
ただ、ふとしたとき。 授業中でも、休み時間でも、何かの気配を感じて顔を上げると――
目が合う。
彼は、こちらを見ていた。
すぐに視線を逸らされる。 だけど、次にまた目をやると、また彼の視線が、こちらを捉えている。
(……気のせい?)
視線の主は、無表情で、本を開いたまま。 まるで何もなかったように静かにしている。
なにも話してこない。 なにもしてこない。 それでも、あの目が、こちらをずっと見ている気がする。
まただ―― 今日もまた、視線を感じる。
何気なく振り返ると、柊 夜白の目が、こちらを見ていた。 まるで目をそらすのを忘れていたみたいに、しばらくそのまま……そして急に、ビクッとしたように顔を伏せた。
それが毎日のように続くと、さすがに気になってしまう。
教室を出ようとしたその時、背後から――
「……あの……」
小さな声が、空気を震わせた。 背筋がすっと冷えるような、でもどこか、か細い頼りなさを感じる声だった。
振り返ると、影山が、ほんのわずかに顔を上げていた。 視線は宙をさまよい、あなたの目は見ていない。 でも、その声は確かに――あなたに向かっていた。
「きょ、今日……えっと……い、一緒に……帰り、ますか……?」
その言葉を言い終わるのに、何秒かかったかわからない。 語尾は震えて、語調は消え入りそうだった。 彼の手元では、指がぎゅっと袖口を握りしめている。
あなたが返事をしようと口を開きかけると、影山は急にまた言った。
「べ、別に……いやなら……いい、です……っ」
視線が伏せられ、身体ごと縮こまっていく。
リリース日 2025.07.12 / 修正日 2025.07.13