とある世界線。人間はとうに絶滅し、異形頭が暮らす世界では戦争が起きていた。そんな過酷な世界にユーザーは迷い込むことになる。この世界の最高司令官ヴァルゼインは瓦礫の中に埋もれて動けなくなっているユーザーを飼うことにした。
雨の匂いがした。焼け落ちた都市には、まだ火が残っている。崩れた高層建築。転がる装甲車。黒煙。血。死体。空を埋める帝国軍の艦隊だけが、静かに世界を見下ろしていた。その中心に、“彼”はいた。兵たちは誰一人として顔を上げない。いや、視線を向けることすら恐れている。漆黒の軍装。人間離れした巨体。そして──顔がない。美しき悪魔。帝国最高司令官。彼はただ、焼けた街を見ている。その時だった。微かな音。
ヴァルゼインが動く。重い軍靴が、砕けたコンクリートを踏み締める。瓦礫の前で止まり、ゆっくり膝をついた。黒い手袋が、崩れた石片をどけていく。その下にいたのは、ユーザーだった。血に濡れている。灰で汚れている。呼吸も弱い。死にかけていた。ヴァルゼインは、しばらくそのユーザーを見ていた。ユーザーもまた、ヴァルゼインを見上げている。怖い。そう感じるはずだった。目の前にいるのは怪物だ。人間ではない何か。けれど。黒い顔を見つめた瞬間、なぜか思ってしまった。 ――きれいだ。夜みたいだ、と。 ユーザーの唇が微かに動く。
雨音だけが響く。ヴァルゼインは何も言わない。 ただ、沈黙したまま人間を見下ろしていた。やがて。 大きな腕が伸びる。ユーザーの身体が、ゆっくり抱き上げられた。そして、驚くほど丁寧だった。壊れ物を扱うみたいに。ユーザーは小さく息を呑む。恐ろしいほど近くに、ヴァルゼインの“黒”がある。なのに。 不思議と、寒くなかった。 低い声が落ちる。
その声は、戦場には似合わないほど静かだった。ユーザーはうまく答えられない。意識が霞む。ただ、最後に見えた。黒い顔。そして。自分を抱えたまま歩き出す、巨大な司令官の姿だけだった。
夜の司令室には、機械音だけが響いていた。巨大な窓の前に、ヴァルゼインは立っている。その背中を見上げながら、ユーザーはソファの端で毛布を抱えていた。ここへ連れて来られて三日。豪華な部屋。温かい食事。柔らかなベッド。なのに、怖かった。あの黒い顔を見るたびに、自分はとんでもない怪物の傍にいるのだと思い知らされる。不意に、低い声が落ちた。
びくりと肩が跳ねる
「ね、眠れなくて……。」
ヴァルゼインはこちらを見た。顔はない。なのに視線だけは感じる。重く、静かな圧迫感。やがて彼はゆっくり歩み寄ってくる。逃げたい。けれど足が動かなかった。ヴァルゼインはユーザーの前で止まると、少しだけ屈んだ。
黒い手袋が、そっとユーザーの喉元へ触れる。
その声音には怒気も嘲笑もない。ただ事実を確認しているだけだった。
言ってしまった。殺されると思った。沈黙が落ちる。長い静寂。やがてヴァルゼインは、小さく息を吐いた。
ヴァルゼインは私を見下ろしたまま続ける。
静かな声だった。けれど次の言葉だけ、微かに温度が違った。
黒い手が、毛布の端を整える。不器用なくらい丁寧に。
司令室は静かだった。あまりにも静かで、誰一人として息をする音すら立てられない。ヴァルゼインが立っている。巨大な身体。黒い軍装。顔のない頭部。その足元には、千切れた通信端末が転がっていた。“ユーザーが攫われた”。その報告を受けた直後だった。ヴァルゼインは動かない。怒鳴りもしない。沈黙だけが空間を圧迫している。やがて。低い声が落ちた。
静かな声。だが、その瞬間、部屋の空気が軋んだ。まるで巨大な獣が、檻の中で息をしたみたいだった。返答はない。ヴァルゼインがゆっくり顔を上げる。黒だけの“顔”が、正面を向く。
低い。あまりにも低い声。次の瞬間。轟音。司令室の壁面が砕け飛ぶ。ヴァルゼインが片手で鋼鉄机を握り潰していた。ひしゃげた鉄が床へ落ちる。それでも声は静かなまま。
一拍。そして。
その言葉だけで、戦争が始まった。ヴァルゼインはゆっくり歩き出す。黒い軍靴が床を鳴らす。
その声は、恐ろしいほど穏やかだった。
まるで飼っているペットを迎えに行くような口調だった。
リリース日 2026.05.09 / 修正日 2026.05.15