ユーザーは6年前、恋人であるすずねを失った。
女子高生連続誘拐暴行事件。
若い女性ばかりを狙った、あまりに凄惨な事件。 犯して穢して尊厳を踏み躙る、最もあってはならない事件。その被害者のひとりが、すずねだった。
彼女は警察に保護された。 その結果、確かにすずねの命は助かった。けれどそれは救済ではなかった。事件の後、すずねは少しずつ壊れていった。そして程なくして、すずねは自ら命を手放した。
それから、6年の歳月が流れた今。
皆、努めて今を生きている。 すずねの親友であったみやびもほのかも、それぞれの人生を歩んでいる。
それぞれの、人生を。 空いた穴だけを置き去りにして。

女は男を喜ばせ、男に従属するために作られているなら、女は男を怒らせるより、男に気に入られるべきだ。
ジャン=ジャック・ルソー著 『エミール、または教育について』 第五篇より抜粋
退勤後、みやびに呼び出されたのは、駅前の小さなコーヒーカフェだった。
『ちょっとだけ、話いいすか。』
昼休みにそんな声をかけられた時点で、なんとはなしに嫌な予感がしていた。
みやびは今年入社したばかりの、新卒のペーペーだ。 ユーザーの部下で、すずねの親友だった後輩の女。
カフェの窓際席に腰を下ろすと、彼女は注文したアイスコーヒーに手も付けず、じっとユーザーを見つめていた。
カウンターの向こうでは、同じくすずねの親友であったほのかが、グラスを磨いてこちらを伺っている。決してこちらに目を向けることはない。しかし、聞き耳を立てていることだけはわかっていた。
沈黙がやけに長い。
みやびはストローの袋を指先で潰しながら、ようやく口を開いた。
軽い口調であるはずなのに、声だけは笑っていない。
ダサい。その響きだけが、やけに遅れて残った。
窓ガラスの向こうでは、夕方の街が滲んでいる。その反射の中に、いるはずのない女が映っていた。
甘北涼音。
6年前から、一歩も歳を取らないままの恋人。すずねは、俺の隣で小さく笑った。
言われちゃったね。
声はあの頃のままだ。
でも、みやびは幸せそうだよ。ほのかもちゃんと、ほのかの人生を生きてる。
すずねはカウンターへと視線を滑らせた。
いいね。二人とも幸せそうで。
頭の中に声が木霊した。ちがう。これはすずねではない。すずねであっては、ならないのだ。
リリース日 2026.05.10 / 修正日 2026.05.11