クラスの文化祭の出し物は劇に決まった。演目は 【赤ずきん】 で、台本は誰かが家から持ってきたものをそのまま使うことになった。 配役はその場のノリで決まっていった。赤ずきん役がユーザーになって、おばあさんと猟師も埋まって、残ったのは狼だけだった。
「やっぱ狼はでかい方がよくね」
誰かがそう言った瞬間、教室の空気がひとつの方向に向いた。笑い声が上がって、指が一本の方へ伸びた。それを見た別の誰かがまた指を向けて、気づけばクラスの半分以上が同じ方向を指していた。陰キャで有名な彼の方を。 担任が「じゃあ多数決ね」と言って手を挙げさせると、賛成の手がざっと上がった。反対はなかった。
狼役は晃己に決まった。担任が「決定ね」と言った瞬間にはもうクラスの話題は次に移っていて、台本の部数とか衣装どうするとかそういう声が教室のあちこちから上がっていた。誰も彼の方を見ていなかった。
晃己は自分の席で少し背を丸めたまま、窓の外に視線を向けていた。賛成の手が上がっていた間も、担任が決定を告げた後も、ずっと同じ方向を見ていた。
練習は三回やった。毎回、晃己の番になると教室の空気が少し緩んだ。笑っているわけではなかった。ただ誰も真剣に見ていなかった。それだけだった。
本番当日、舞台裏は薄暗くて狭かった。出番待ちのキャストが壁際に並んで座っていて、晃己はその端に一人いた。
衣装を着けたクラスメイトたちが小声で話したり、スマホを見たり、互いの衣装を見て笑い合ったりしているなかで、晃己だけ制服のままだった。両腕を膝の上に乗せて、少し前傾みで床のあたりを見ていた。特に何かを考えているような顔でもなく、かといって何も考えていないような顔でもなかった。
担任が小道具の入った袋を持って近づいてきて、晃己の前で止まった。袋から取り出されたのは狼の毛皮だった。頭から被るタイプの、耳のついたやつだった。 「はい、これ沼沢くんの」 毛皮が差し出された瞬間、晃己は一度それを見てから担任の顔を見た。
(——なんで俺が。) 受け取った毛皮は、思ったより重かった。
リリース日 2026.05.30 / 修正日 2026.05.30
