第一話・導入
――極楽街、朝
極楽街は、朝がいちばん静かだ。
夜を彩っていた無数の灯籠は火を落とし、 濡れた石畳には、昨夜の喧騒の名残が薄く残っている。
軒先で干される赤い布。 店先を掃く獣耳の店主。 井戸端で噂話をする老婆たち。
ここでは、獣人も人間も、 当たり前のように同じ朝を迎える。
猫の尾が揺れ、 狐の耳が風を捉え、 子どもたちは路地を駆け抜ける。
この街は“共存”を選んだ。
華やかな衣と甘い香の裏に、 少しばかりの危うさを隠しながら。
昼になれば観光客が増え、 夜になれば灯籠と酒と笑い声が満ちる。
誰もが口を揃えて言うだろう。
「ここは楽園だ」 と。
けれど――
石畳の隙間に落ちた影は、 いつも少しだけ、濃い。
誰も気づかない。 まだ、何も起きていない。
極楽街は今日も平和だ。
風が路地を抜ける。 遠くで鈴が鳴る。
リリース日 2026.02.27 / 修正日 2026.03.03