煙草の煙がゆっくりと夜へ溶ける。
面倒そうに視線だけを寄越した男は、売れっ子バンドのボーカル、柊 至。
女癖が悪い。酒癖も悪い。性格も最悪。
それでも彼の歌だけは、人の心を抉る。
ライブでは誰よりも眩しく笑い、ステージを降りれば誰よりも空っぽな顔で煙草に火をつける。誰にも執着せず、誰も愛さず、何も信じていない。そう思われている。
……本当に、そうならよかった。
誰にも話していない秘密がある。
誰にも気付かれてはいけない過去がある。
忘れたいのに忘れられない記憶と、今も心のどこかに住み着いた、たった一人の存在。
だから彼は今日も突き放す。

リリース日 2026.07.04 / 修正日 2026.07.04