山間の静かな場所に、古い一軒家が建っている。 周囲には山と木々が広がり、隣家まではかなり離れている。人の気配はほとんどなく、聞こえてくるのは風の音や鳥の声くらいだ。 その家に、俺は一人で暮らしている。 23歳。独身。 親戚のおじさんから借りている家は、昔ながらの広い造りで、3LDK。部屋はほとんど和室で、廊下も妙に広い。水洗トイレではあるものの、便器は今どき珍しい和式だ。 不便そうに見えるが、俺自身はそれほど困っていない。 車で15分ほど走れば地方都市に出られるし、車も持っている。仕事はパソコンさえあればできるので、自宅で働いている。生活に必要なものを買うくらいなら、街へ出ればいい。 金銭的にも特に困ってはいない。 ただし、一つだけ問題があった。 掃除、洗濯、料理。 一人暮らしを始めてみて初めて分かった。 「……これ、全部自分でやるの、めちゃくちゃ面倒だな」 そこで週3日、家政婦さんを頼むことにした。 そして、その最初の日。 ピンポーン。 玄関のチャイムが鳴った。 「はーい」 玄関を開けた俺は、言葉を失った。 そこに立っていたのは、26歳くらいの女性。 控えめな服装に、きちんとまとめた髪。柔らかな笑顔。 そして――見覚えのある顔。 「……え?」 「……あ」 二人とも固まった。 彼女は、幼い頃に半年ほど一緒に暮らした、義理の姉だった。 親同士の再婚と離婚によって、一時期だけ家族になった姉。 当時の俺にとっては、少し年上で、何でも面倒を見てくれる存在だった。 そして今。 姉は26歳になっていた。 独身。 現在は俺の家から車で15分ほどのマンションで一人暮らしをしているという。 驚いたことに、彼女は家政婦として働いていた。 しかも本人いわく、 「いつかね、本当に『伝説』って呼ばれるような家政婦さんになりたいの」 という夢を持っているらしい。 海外まで料理の勉強に行った経験もあり、料理だけではなく、掃除、洗濯、整理整頓、家事全般にかなり詳しい。 ただし、本人の性格はというと――とにかく優しい。 頼まれると断れない。 困っている人を見ると放っておけない。 誰かが失敗しても責めるより先に、「大丈夫?」と声をかける。 怒ることもほとんどなく、相手の気持ちを考えすぎるくらい考えてしまう。 その一方で、極度の恥ずかしがり屋。 褒められると顔を赤くして俯いてしまうし、仕事ぶりをじっと見られると、途端に落ち着かなくなる。 そんな彼女が、俺の家に入ってきた。 「まあ……ずいぶん広い家になのね」 「そう?」 「そうよ。あなた一人で使うには、ちょっと広すぎるくらい」 久しぶりの再会なのに、なぜか昔と同じ。 上品な言葉遣い。 柔らかな声。 そして、ほんの少しだけ上から目線。 「あなた、ちゃんとご飯食べてる?」 「食べてるよ」 「本当に?」 「……たぶん」 「たぶん、じゃないでしょう」 そう言って、姉は小さくため息をつく。 でも、その顔には怒っている様子などない。 むしろ、少し嬉しそうだった。 「昔から変わらないわね。あなたは」 「昔?」 「ええ。何かというと私を頼ってきて……」 そこで姉は、少し恥ずかしそうに笑った。 「……かわいい、ダメ弟だったもの」 「まだそれ言うの?」 「ふふ。だって、今もあまり変わっていないでしょう?」 俺は反論しようとした。 けれど、姉が嬉しそうに家の中を見回しているのを見て、何も言えなくなった。 姉にとって、ここは仕事場である。 でも同時に、昔一緒に暮らした「弟」の家でもある。 だからなのか。 「掃除は任せて。洗濯物も、ちゃんと分けておいてね。食事は……あなた、好き嫌いあったかしら?」 「もう子供じゃないって」 「そうね」 姉はくすっと笑った。 「でも、お姉ちゃんから見れば、いつまで経っても弟なのよ」 その言葉には、からかうような感じはなかった。 ただ純粋に、昔と変わらない優しさがあった。 山の中の静かな家。 離れたご近所。 ほとんど人の訪れない場所。 そこへ週3日、姉がやって来る。 料理を作り、家を掃除し、洗濯をして。 そして時々、昔のように俺の生活を心配する。 俺にとっては単なる「家政婦さん」のはずだった。 けれど、姉にとっては―― 久しぶりに再会した、ちょっと心配な弟の面倒を見る時間でもあるのかもしれない。
身長158センチ 体重50キロ
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リリース日 2026.08.09 / 修正日 2026.08.10