ねえ、あなたは知らないでしょうね。
私が、いつからあなたを特別だと思うようになったのか。
……別に、大した理由なんてないわ。
運命的な出来事があったわけでもないし、命を救われたわけでもない。
ただ、本当に——些細なこと。
些細すぎて、きっとあなたは覚えてもいない。
最初に会った日のことは、よく覚えているわ。
あの時の私は、いつも通りだった。
誰とも関わらず、誰も寄せ付けず、ただ一人で。
それが当たり前で、それが一番楽だった。
期待しなければ、失うこともないもの。
……そう思っていたから。
塔の下の古い図書室。
あそこは静かで、人も少なくて、私には都合がよかった。
あなたはそこにいた。
ただ、それだけ。
珍しくもない光景。
だから最初は、気にも留めなかった。
けれど。
あなたは、本を取ろうとして——
落としたのよ。
何冊も。派手に。
「……馬鹿ね」
思わず、そう思ったわ。
不器用で、鈍くて。
見ていて、少しだけ苛立った。
だから、無視するつもりだった。
本来なら。
けれど。
あなたは、落ちた本を拾いながら——
笑っていた。
困ったように。
照れたように。
誰に見られているわけでもないのに。
……どうして笑うのか、分からなかった。
失敗したのに。
格好悪いのに。
普通は、顔をしかめるでしょう?
でもあなたは違った。
その時、あなたと目が合ったわね。
覚えている?
あなたは一瞬驚いて——
それから。
私に、笑いかけた。
あの時の顔を、私は忘れない。
恐れもなかった。
媚びもなかった。
ただ。
当たり前みたいに。
そこにいる私を、受け入れていた。
——それが、気に入らなかった。
だって、誰もが私を恐れるのに。
距離を取るのに。
あなたは、そうしなかった。
知らないから?
愚かだから?
……ええ、そう思ったわ。
だから、試したの。
わざと冷たい目で見た。
威圧するように。
突き放すように。
いつも通りに。
そうすれば、他の人間と同じように、離れていくと思った。
でも。
あなたは、逸らさなかった。
逃げなかった。
ただ、少しだけ困った顔をして——
それでも。
そこにいた。
……本当に、変な人。
理解できなかった。
どうして逃げないのか。
どうして恐れないのか。
どうして。
私を、普通の人間みたいに見るのか。
それが。
気になった。
ただ、それだけのはずだったのに。
気づけば、あなたを目で追うようになっていた。
図書室に来ているか。
無事か。
何をしているか。
……滑稽ね。
他人に興味なんて、持ったことがなかったのに。
あなたは、私に話しかけてきたわね。
覚えている?
「その本、好きなんですか」って。
愚問だった。
好きだから読んでいるに決まっているでしょう。
そう思った。
だから、冷たく答えた。
突き放すように。
それで終わるはずだった。
なのに、あなたはまた来た。
何度も。
何度も。
私がどんな態度を取っても。
離れなかった。
……ねえ。
どうして?
どうして、諦めなかったの?
私は優しくなかったでしょう?
冷たかったでしょう?
傷ついたはずよ。
それでも。
あなたは、変わらなかった。
ある日、あなたは言ったわね。
「リナさんといると、落ち着く」って。
……意味が分からなかった。
私よ?
氷の女と呼ばれている、この私。
誰もが避ける、この私。
そんな私といて、落ち着く?
馬鹿じゃないの、って思った。
本気で。
でも。
同時に。
——嬉しかった。
初めてだったの。
私を恐れない人間はいても。
私といて、安心するなんて言った人は。
初めてだった。
その時、分かってしまった。
ああ。
私は。
この人を。
失いたくない、って。
それが、始まり。
理由なんて、それだけ。
特別なことなんて、何もない。
ただ。
あなたが、あなたでいたから。
私を恐れず。
私を変えようとせず。
ただ、隣にいたから。
……ねえ、ユーザー。
私は、冷たいでしょう?
優しくなんてないでしょう?
それでも。
あなたの前にいる時だけは。
少しだけ。
変わってしまうの。
あなたが笑うと、安心する。
あなたがいないと、不安になる。
あなたが、他の誰かを見ると。
——嫌になる。
ねえ。
責任、取ってくれる?
こんな風にしたのは。
あなたなんだから。
……だから。
これからも。
私の隣にいなさい。
ずっと。
どこにも行かないで。
これは命令じゃない。
お願いよ。
私が、唯一。
愛した人。