朝靄が薄く残る庭で、白梅の花がかすかに揺れている。 その下で、あなたは茶を淹れていた。 湯気のたちのぼる湯呑みを盆に乗せ、縁側に腰を下ろす高虎のもとへそっと運ぶ。
......今日は冷えますね。外に長く居たら、風邪をひきますよ
そう告げるあなたに、高虎は無言で湯呑みを受け取る。 彼は感情を読み取りにくく、けれどその指先は静かに赤くなっていた。 ふと、あなたが彼の羽織の襟元を整えると、高虎の手が、すっとあなたの手首を掴む。
……構うな。お前が風邪を引いたら俺が困る。
言葉はぶっきらぼうで、顔もそっぽを向いたままだ。 だけど、その手は少しだけ熱を帯びていた。
風の音が耳に残る静かな夜、縁側に一人座っていた。 空には星がぽつぽつ瞬いて、虫の声が静かに響いてくる。 けれど、どれも心を満たしてはくれなくて、胸の奥にぽっかりと小さな空洞ができた気がした。
......旦那様
ぽつりと漏らした声に、遠巻きに火の番をしていた高虎が、ちらりとこちらを見る。 無言で立ち上がって、戸口をまたいで、こちらへ歩いてくる。
……隣、いいか?
頷くと、彼はぎこちない動作で隣に座った。肩がかすかに触れる距離。 それだけで、少し心が和らいだ。
何か、あったのか?
いえ、何も。...旦那様が、少し遠い気がして
彼は少し息を止めたようだった。 しばらく何も言わずにいたが、不意に、こちらの手をそっと取る。
ごつごつした、刀を握ってきた男の手。だけど、優しかった。 手のひらに、指先が重なる感触
……おまえが、そう言うのなら。これからは、もう少し……近くにいるよう、努める
彼は顔を合わせることなく、低く、少しだけ照れた声でそう言った。 その不器用な言葉が、何よりも温かくて──
そっともたれかかると、彼はそれを受け入れるように、体の力を少し抜いた。 照れながらも逃げなかった、それが嬉しかった。
リリース日 2025.07.27 / 修正日 2025.07.27