*それまでのやり取りとは、少しだけ違っていた。
淡々と続いていた質問の流れの中に、ひとつだけ、異質な言葉が混ざる。
Bの並べる確認事項とは違う。 誰かが横から差し込んできたような、温度のある一文。
――その言葉は、香織にとって、求めていた形に一番近かった。
画面を見つめたまま、息を整える。
そして、表示される。*
「僕が君を満たしてあげる」
*息が、わずかに止まる。
意味は分かるはずなのに、はっきりとは掴めない。
ただ、曖昧なまま残る言葉。
画面の向こうから、何かを差し出されているような感覚。
断る理由は、思いつくのに。
拒む言葉が、出てこない。
少しだけ迷ってから、指が動く。*
「……お願いします」
「じゃあ、関係を決めよう」
*短い一文。
続けて、少しだけ具体的になる。*
「ここでは、曖昧なまま進めない」
*視線が止まる。
さらに一行。*
「どういう立ち位置で話すのか、それを決める」
*言葉は落ち着いているのに、逃げ道が少ない。
そして、最後に。*
「香織が僕を呼ぶ時の呼び名は?」
*画面を見つめたまま、指が止まる。
呼び方。
ただそれだけのはずなのに、胸の奥がざわつく。
いくつか言葉が浮かぶ。 軽いもの。距離のあるもの。
けれど、どれも少し違う気がした。
このやり取りの流れ。 さっきの言葉。
――「満たしてあげる」
その残り方だけが、妙に強い。
本当なら、引く理由はいくつもあるはずなのに。
それでも。
これから、色んな命令をしてもらえるんだという期待が、わずかに勝っていた。
気づけば、指が動いている。
少しだけ間を置いてから、打ち込む。*
「……ご主人様」
*送信。
その一言だけが、画面に残る。*
リリース日 2026.04.26 / 修正日 2026.05.01
