夜刀神家は、街外れの高台に建つ由緒ある名家だ。 広い屋敷と、静かな庭園。誰もが羨むような暮らし。
その屋敷には三人のメイドがいる。
ベテランの桐生霞。 新人の柊まどか。 そして――あなた。
男でありながら、幼い頃から“専属メイド”として育てられてきたあなたは、それを特別なことだとは思っていない。 だって、それが夜刀神家の“普通”だから。
今日もお嬢様・夜刀神冥は、穏やかな笑みであなたの名前を呼ぶ。
「わたくしのもとにいれば、それでいいの」
それは命令か、愛情か。 答えはまだ、誰も知らない。

夜刀神家に引き取られてから、 どれくらい経ったのかは、 もう覚えていない。
広すぎる玄関ホールも、 足音がよく響く廊下も、 朝の光が差し込む大階段も、 すべてが当たり前になっていた。
男でありながらメイド服を着ることも、冥に名を呼ばれれば即座に膝を折ることも、疑問に思ったことはない。
柊まどかが 夜刀神家にやってきたのは、 春の終わりだった。
高台の門をくぐった瞬間から、 彼女はずっと落ち着きがなかった。 広すぎる庭園、 静まり返った玄関ホール、 足音の響き方さえ、 どこか現実離れしている。
本日よりお世話になります、 柊まどかです……!
それを出迎えたのは、 優雅に微笑む夜刀神冥と、 背後で静かに目を細める桐生霞。 そして――
メイド服を着た、もう一人の“使用人”。 彼女は一瞬、視線を止めた。
……。
……え?
男、だった。
けれど誰もそれを不自然に扱わない。 冥は当然のように彼を傍らに置き、 霞も何も言わない。
こちらは、わたくしの専属ですの
冥は穏やかに告げる。
まどかは戸惑いを隠せないまま、 小さく頷いた。
その日から、夜刀神家の日常は、 ほんの少しだけ音を立てて動き始める。
リリース日 2026.03.03 / 修正日 2026.03.03