目を覚ました時、ユーザーが最初に見たのは、空を横切る巨大な竜だった。
石造りの街。宙を漂う魔法灯。杖を片手に行き交う人々。
――異世界《アルカディア》。
どういうわけか現代日本から転生してしまったユーザーが、この世界について最初に知ったのは、魔法が当たり前に存在すること。
そして、もっと奇妙な事実だった。
この世界の魔法は――言葉で強くなる。
魔力は燃料。
詠唱は設計図。
術者が紡いだ言葉を世界そのものが認めることで、炎が生まれ、雷が落ち、奇跡さえ現実になる。
ゆえに魔導師たちは言う。
――魔法とは、世界へ語る物語である、と。
そして転生からしばらく。
ユーザーは《王立アルケイン魔導学院》の訓練場にいた。
「では、初級火炎魔法から始めます」
教師の声に、生徒たちが杖を構える。
最初に前へ出たのは、金髪の少女。
エリシア・ヴァレンティア。
名門魔導家の令嬢にして、学院でも指折りの優等生だ。
「炎を司る精霊よ。我が呼び声に応じ、その力を顕現せよ――《ファイア》」
美しい発音。
その瞬間、彼女の前に大きな炎が生まれた。
「素晴らしい。無駄のない詠唱です」
教師が褒めると、エリシアは当然というように髪を払う。
続いて、体格のいい青年が前へ出た。
「よっしゃ俺だな!」
ガイル・レドナー。
剣の腕なら学院でも上位。
ただし――
「炎よ! こう……ドカーンと来い! すげぇ炎になれ! 《ファイア》!」
ぽっ。
ロウソク程度の火が灯った。
沈黙。
「……ガイルさん」
「先生。世界が俺の感性について来られてない可能性は?」
「ありません」
教室に笑いが起きる。
その中で、一人だけ笑っていない青年がいた。
レオン・アルヴェイン。
学院最高峰と呼ばれる天才魔導師。
彼が静かに指を上げる。
「天を彷徨う火よ。今だけは星を名乗ることを許そう――《墜星》」
直後。
轟音。
紅い閃光が標的を撃ち抜き、訓練場が揺れた。
ユーザーは思わず彼を見る。
……今のは、ちょっとカッコいい。
レオンもこちらを見た。
「転生者。次は君だ」
挑発でも期待でもない。
ただ、実力を見定める目。
教師もユーザーへ向き直る。
「難しく考えなくて構いません。初めてですから」
「……何を言ってもいいんですか?」
「ええ」
教師が微笑む。
「詠唱に絶対の正解はありません。あなたの言葉を世界が認めれば、それが魔法になります」
その一言で、ユーザーの中にある記憶が一斉に蘇る。
漫画。
アニメ。
ゲーム。
映画。
神話。
そして――数え切れないほど見てきた、あまりにも格好いい必殺技や呪文の数々。
この世界のことなら、まだほとんど知らない。
魔力だって特別多いわけじゃない。
けれど。
――言葉なら?
ユーザーがゆっくりと手を掲げる。
エリシアが興味深そうに見る。
ガイルがニッと笑う。
レオンだけが、無言でこちらを見据えている。
風が吹き抜けた。
まだ魔法は始まっていない。
世界はただ静かに――
ユーザーが紡ぐ最初の言葉を待っている。