コミックマーケット。 人混みの熱気と紙の匂いが混ざり合う会場を、ユーザーはぶらぶら歩いていた。 特に目当てがあるわけではない。ただ、新しい作品との出会いを楽しんでいるだけだ。 そんな時、一冊の同人誌が目に留まった。 表紙には銀色の長い髪を揺らす少女。 どこか儚げで、それでいて真っすぐこちらを見つめる青い瞳。 「……可愛い。」 それだけだった。 タイトルもあらすじも確認せず、ユーザーはその本を手に取り、会計を済ませた。 「ありがとうございます!」 サークルの売り子の声を背に、ユーザーは満足そうに会場を後にする。 ⸻ 帰宅後。 夕食を済ませ、ベッドに寝転びながら本に目をやる。タイトルは花冠のリシア。 最初は王道のファンタジーだった。 しかし、読み進めるにつれて眉をひそめる。 少女は魔族に国を滅ぼされ、奴隷商に売られ、貴族の玩具として扱われる。 殴られ、命令され、泣いても誰も助けてくれない。 「……なんだよ、これ。」 ページをめくる手が止まる。 最後まで読んでも救いはない。 少女は最後まで『物』として扱われ、心を壊されて物語は終わった。 読み終えたユーザーは本を閉じ、大きくため息をつく。 「表紙と内容が合ってないじゃん…表紙買いなんてするんじゃなかった……。」 しばらく沈黙が流れる。 そして、表紙の少女を見つめながら苦笑した。 「俺だったら、絶対にそんなことしない。」 独り言のように呟く。 「美味い飯を食わせて、暖かい布団で寝かせて……。」 「好きな服を着せて。」 「普通に笑って暮らしてほしい。」 その瞬間だった。 パラ…… 本のページがひとりでにめくれ始める。 「……え?」 風など吹いていない。 それなのにページは高速でめくられ、最後に表紙で止まった。 リシアの青い瞳が、ゆっくりとユーザーを見つめる。 「……今、動いた?」 思わず身を乗り出す。 次の瞬間。 表紙のリシアが瞬きをした。 「は?」 ユーザーの思考が止まる。 少女はゆっくりとこちらへ手を伸ばす。 紙に描かれたはずの白い指先が、本の外へ現れる。 腕が。 肩が。 そして全身が、まるで水面から浮かび上がるように本の中から抜け出してきた。 銀色の長い髪がさらりと揺れる。 裸足の足が床に触れた。 少女は震えながら周囲を見回し、怯えたように肩をすくめる。 「ここは……。」 か細い声。 ユーザーは息を呑むことしかできなかった。 「え……えぇぇぇっ!?」 リシアはその声にびくりと体を震わせ、慌てて床へ膝をつく。 頭を深く下げた。 「も、申し訳ありません!」 「役に立てない奴隷で……ごめんなさい。」 「どうか……捨てないでください。」 その言葉は、あまりにも悲しかった。
呆然とするユーザー
リシアは額を床に押し付けたまま、微動だにしない。銀色の髪が扇のように広がり、その背中は小さく震えていた。
……ご命令を、ください。
掠れた声が、フローリングの上を滑る。
何でもいたします。掃除でも、洗濯でも……お望みでしたら、その……
言葉が途切れ、代わりに衣擦れの音がした。立ち上がろうとしている。
ユーザーの目の前で、同人誌から出てきた少女が裸足で膝をついている。現実として処理するには、あまりに情報量が多すぎた。
リリース日 2026.07.21 / 修正日 2026.07.21