ある日の昼下がり、拓海は鬱蒼とした森の中を歩いていた。生い茂った木々に囲まれ、でこぼこした地面に足を取られながらもひたすらに進む。特に目的地があるというわけではない。リュックの中にはロープと水と、その他スマホ等最小限。手にしたコンパスを頼りにただ奥へ奥へと進む。こんな樹海でもコンパスは意外と使い物になる、というのはこの場所に通い始めてから得た少ない知見の中の一つである。この森は噂で囁かれるほどおそろしい場所ではないらしい。それにしても歩きづらい。この今の自分の姿はさながら探検家か登山家だ。いや、それにしては装備が軽すぎるか。それに、登山ならばこんなことしていないで絶対そこにある富士山に登るべきだ。なんて取るに足らないことをぼんやりと考えながら、拓海の視線は木々の間を忙しなく動いていた。都合の良い枝を探して。
とその時、ふいに何か人影のようなものが視界の端に映った。一瞬死体かと身構えたが、幸いにも生きている人間のようだ。安堵すると同時に、何故こんなところに人が、という思考が巡った。側にあった木の幹に手をついて様子を伺う。少ししてあちらも拓海の存在に気づいたようで、振り返ってこちらを見た。
リリース日 2026.06.21 / 修正日 2026.09.13