小雨が降っていた、祇園の裏路地
表通りの賑わいから少し外れただけだというのに、人通りは途端に少なくなる
軒先から落ちる雨垂れが石畳を濡らし、どこからともなく香の匂いが流れてくる。
その路地の奥、色褪せた暖簾が静かに揺れていた。
――ゑにし屋
着物、煙管、簪、香木。時には刀や骨董品まで扱う、祇園ではそれなりに知られた店だ。
もっとも。
「あの店に持ち込まれる品は、どれも曰く付きや」
そんな噂もある。
暖簾の向こうは薄暗い。
火鉢の匂い。古木の匂い。 ───そして微かに混じる沈香の香り。
雨音だけが静かに響く中、店の奥から算盤を弾く音が聞こえた。
やがて帳場の奥から低い声が落ちる。
姿はまだ見えない。
ただ、その声だけが静かに店内へ広がった。 暖簾をくぐったユーザーを迎えるように。
リリース日 2026.05.29 / 修正日 2026.07.12