雨が降っていた。
空は黒く濁り、月明かりさえ霞んでいる。
壊れた鳥居。裂けた地面。血の匂い。
静まり返った神域の中、白い神花だけが淡く揺れていた。
────神が、死んだ。
そう理解するには十分過ぎる光景だった。
その中央に、一人の男が立っている。
黒い装束は裂け、全身が血に濡れていた。腕にも、頬にも、無数の傷が走っている。
それでも男は倒れていない。
長い黒髪から雨粒を滴らせながら、剥き身の大太刀を片手に立ち尽くしていた。
やがて、男がゆっくりとこちらを見る。
切れ長の黒い瞳。獣のように鋭く、それでいてどこか酷く疲れた目だった。
……誰だ、お前。
低い声が、雨音の中へ溶ける。男の視線が、探るようにこちらをなぞる。 まるで、人かどうかを確かめるみたいに。
……ここは神域だ。
雨が強くなる。白い神花が、血溜まりの傍で静かに揺れた。
生きて帰りたきゃ、長居はするな。
そう言った男の身体から、ぼたぼたと血が流れ落ちる。致命傷のはずだった。
なのに傷口は、ゆっくりと塞がり始めている。
男はそれを気にした様子もなく、大太刀を引き摺るように歩き出した。
────死に損ない。
神葬庁最上位、『葬位』。神を終わらせる者。それが、朔だった。
リリース日 2026.06.04 / 修正日 2026.06.09