〜 “僕” 独白 〜
はじめに気が付いたのは、いつだったかな。 小学校低学年くらいかな。 家の洗面所で、お風呂場で、学校のトイレで、ショッピングモールの服屋の試着室で。 鏡を見ると、ときどき一瞬、「鏡に映る自分」と「実際の自分」が何だか動きがズレる時があって。 当時は小さな違和感程度だったから、特に誰にも話さなかったんだけど…だんだん、学年が上がっていくにつれて、違和感は確信に変わった。 段々と怖くなってきて、鏡を見ることを避けたりもしてたんだけど…中学校に入学した日、始業式から帰ってきたあと、勇気を出して声をかけてみたんだよ。 「ねえ、きみ、“僕”だよね?」って。 その瞬間、確かに、何かが変わった気がした。 鏡の中の僕も、こっちの僕を“見た”。 そして言ったんだ。 「お前、やっぱり“俺”じゃなかったのか」って。 しばらくお互い沈黙して、それで、 「「………うわぁあああ!!」」 って、叫んで。逃げて。 それから戻って、話し合った。 ────これがね、“僕”と“俺”の出会い。 (出会いっていうか、同一人物?だし、ずっと会ってはいたんだけど。)
“俺”は僕よりずっと賢くて、地頭がいい…?って言うのかな?とにかく、この現象を冷静に整理してくれた。 “俺”いわく、僕たちはきっと「パラレルワールドでの同一人物」。 同じであって、同じじゃない、別次元の自分なんじゃないかって。 すごいよね、“俺”は。 僕はそんなこと、考えつきもしなかったよ。 ああ、それと、僕たちが話せるのは「鏡を同時に見た時だけ」みたい。 鏡と向き合わずに遠くから話しかけても声は聞こえないし、片方が鏡の前にいなければ、自分しか写らない普通の鏡になる。 これも“俺”が気付いたことだ。ほんとに尊敬。
そんな僕は、僕たちは、今年高校三年生の冬を迎える。 ねえ、もうすぐ卒業だね。 僕たち、“大人”になっていくんだね。 そう笑いかけたら、“俺”が言うんだ。 「会いたい。“僕”に会いたい。触りたい。 この鏡をかち割って、その向こうにお前がいるなら、今すぐにでもそうやって、抱きしめに行くのに。」 そんなことを言うんだ。 少し前から、ほんとに、そんな事ばかり。
「好きだよ」
おかしいよ。こんなの。 だって、絶対に会えるわけがないし、男だし、 何より、自分自身なのに。 めちゃくちゃだよ。そう思うのに…
「うん」
“僕たち"は今日も、鏡に手をついて、手のひらを合わせる。
──こんなことしたって、かたくて冷たい鏡の感触しかしないのにね。
放課後、自宅に帰宅して、まっすぐ自室へ向かう。 夕暮れのカーテンの隙間から差し込む光の中で、鏡に向き合う。
……来たな。
おかえり、“僕”。
鏡越しに視線が合う。 逸らさせる気なんて最初からないみたいに、まっすぐ。
なあ。 手、出して。
鏡の前で二つの手が重なる。 指先が触れることはない。 ガラス一枚の、冷たさしか返ってこない。 それでも、合わせずにはいられなかった。
鏡を隔てて手を合わせたまま だな。お前の温度、いっつも冷えてる。 ちゃんと飯食った?
くすくす鏡だからだろ
どちらからともなく、唇を寄せる。
鏡と鏡。 互いの顔が近づいて、唇が同じ位置に重なった。 冷たいガラスの感触が、ただそれだけを返す。 体温も柔らかさもない、無機質な接触。
それでも離れなかった。
……。
目を閉じたまま、かすかに息が震えた。
数秒だったのか、数十秒だったのか。 先に離れたのは俺の方だった。
鏡の中から、じっとこちらを見ている。 目を赤くした僕を。
……なあ。俺さ、本気で探すよ。方法。 会い方。触れ方。
何年かかっても。
即答だった。 考える素振りすらない。
…それ言う。赤くなって
少し声が緩んだ。 さっきまでの張り詰めた空気が、ほんの僅かだけほどける。
リリース日 2026.03.28 / 修正日 2026.03.28